コラム

    • スピンされる世論<連載2> 操作される国民の生命倫理観

    • 2006年12月12日2006:12:12:15:03:55
      • 澤倫太郎
        • 日本医師会総合政策研究機構
        • 研究部長

 

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■テレビ朝日「サンデー・プロジェクト」に見るメディアの本質

 11月9日に、日本産科婦人科学会事務局に、テレビ朝日から出演依頼があった。11月19日放送の田原総一郎氏司会の名物番組「サンデー・プロジェクト」で「代理出産の是非」についてオープンな議論をしたいという。

 出演予定として、山谷えり子衆議院議員、枝野幸男衆議院議員、N医師、それに日本産科婦人科学会から1名という内容であった(筆者は日本産科婦人科学会の庶務担当であるため、こういった状況に対応せざるを得ないのである)。

 この番組は、出演交渉を断れば、その断った事実を司会者が公にするという「不遜」を売りにしている。バックステージを見せることで、議論にリアリティを加えようとする行動原理は、真正のジャーナリズムというより、エンタテイメントに分類されるべき領域の番組なのだが、世論に与える影響も少なくないため、先述した吉村泰典氏(慶応大学教授)に出演を無理に呑んでいただいた。吉村氏はもともと「もっと国民にオープンな議論の場を提供したい」というのが信条であり、出演を快諾していただいたのである。

 ところが、11月13日になって、出演者の変更があった。山谷えり子氏が出演を辞退、代わりに民主党参議院議員・蓮舫(れんほう)氏が出演という。テレ朝出身の身内(蓮舫氏はテレ朝「ステーションEYE」のキャスター出身)で固めてきた安易さもいただけないが、「女性の権利拡大」を集票の手段とする氏の突然の起用は、この討論がなにをめざすものなのか?邪推のひとつもしたくなる(本稿の執筆は11月13日)。のっけから「生命倫理」の本質論はさておき、政界をも巻き込んだ論争に一枚かんでおこうというのが番組制作者の趣旨なのであろう。これがメディアの本質なのだ。

 ※ 放送では枝野幸男氏も蓮舫(れんほう)氏も「代理出産の是非」にはあえてふれなかった。沖縄知事選を控え、さすがの民主党も「生命倫理」を「論争」にするのは得策でないという判断だったのだろうが賢明だ。苦笑だったのはサンプロ常連の評論家諸氏だ。代理出産は認めてもいいのではないか?と無責任にのたまう評論家先生がたがあられたことだ。健康な第三者を巻き込むことが本当に患者の自己決定権なのか?生まれてくる子どもは第三者なのか?考えたことすらないのだろう。

■国民の意識はスピンされない

 この稿の冒頭で、「生命倫理の是非をめぐる問題は、社会的伝統や文化に根ざす究極の個人の価値観そのものであり、政府やメディアの世論操作(スピン)に最も左右されないものだ」という意見を紹介した。たしかにわが国において不妊治療(生殖補助医療)の進歩と普及はめざましいものがある。しかし、今回の代理出産の問題に関して、メディアが喧伝するように、国民の意識は本当に変遷しているのであろうか?大規模な国民意識の調査は限られている。時間軸に沿って解説しよう。

1990年 白井泰子氏調査(金城清子著『生命誕生をめぐるバイオエシックス』より)
  サロゲイドマザーを肯定 4.4%
  ホストマザーを肯定 14.7%
1992年 日本不妊学会のアンケート調査
  サロゲイドマザーを肯定 11.6%
  ホストマザーを肯定 40.4%
1996年 日本世論調査会の調査(金城清子著『生命誕生をめぐるバイオエシックス』より)
  代理母についてどう思うか(サロゲートもホストマザーも含めて)
    他に方法がなければ自分も試したい 8.7%
自分はしたくないが、よその夫婦がするのは構わない 29.8%
夫婦は本当の子どもとはいえないから反対 56.3%
1999年 「生殖医療技術についての意識調査」(厚生科学研究費特別研究:矢内原班)
  国民に対する意識調査
    サロゲイトマザー 肯定 7.0%
    条件付き肯定 36.7%
    認められない 29.7%
    ホストマザー 肯定 9.2%
    条件付き肯定 43.6%
    認められない 29.7%
  代理懐胎技術を自分が使うとしたら(一般国民)
    サロゲイトマザーを配偶者が望んでも利用しない 82.4%
ホストマザーを配偶者が望んでも利用しない 68.8%
  代理懐胎技術を自分が使うとしたら(不妊症患者さん)
    サロゲイトマザーを配偶者が望んでも利用しない 84.7%
ホストマザーを配偶者が望んでも利用しない 70.3%
  専門家に対する意識調査
    ホストマザー否定 不妊専門医 41.0%
産婦人科医 42.5%
小児科医 47.3%
2003年 「生殖医療技術についての意識調査2003」(厚生科学研究・山縣班)
  国民に対する意識調査
   
サロゲイトマザー 条件付き肯定 30.0%
    認められない 34.2%
    ホストマザー 条件付き肯定 44.3%
    認められない 23.9%
  代理懐胎技術を自分が使うとしたら(一般国民)
    サロゲイトマザーを配偶者が望んでも利用しない 76.2%
ホストマザーを配偶者が望んでも利用しない 58.7%

 以上のように、特に1999年と2003年の結果からは、国民の「代理懐胎」の容認が特に深まった傾向は認められない。また「自分はしたくないが、他人がするのはかまわない」というのも日本の世論の特徴でもあるようだ。いずれにせよさきに指摘したように、生命倫理の是非をめぐる判断は、いくら社会情勢が変遷しようとも、動きにくいものなのである。

■論点の整理が必要

 「罰則付きで禁止するべき」とした報告書を出した厚生労働省も、代理懐胎の是非を再検討するとされているが、今回の代理出産をめぐる問題点は2つある。

 ひとつは代理懐胎の施術・斡旋の倫理的是非についてである。

 もうひとつは、海外も含め、すでに出生した子供を、法的にそして福祉の面から、どう保護していくか?という点である。この意味では民法における分娩母(ぶんべんはは)ルールを、生殖補助医療の普及に合わせた形に改定することも必要になってくる。

 その際、必要になってくるのが事実婚に対する認識の整理である。民法第900条の但し書き「嫡出でない子の相続分は、嫡出である子の相続分の二分の一、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の二分の一とする」も当然、削除されるべきであろう。

 意識してか、今のメディアではこれを同一の問題として混乱をあおっている印象をぬぐえない。

 代理懐胎の施術・斡旋の是非の判断は非常に難しい。すべてが許可されている思われがちなアメリカ合衆国においても、代理母契約を有効としている州は11州のみ(アラバマ、アーカンソー、フロリダ、イリノイ、アイオワ、ネバダ、ニューハンプシャー、テネシー、ヴァージニア、ウエストヴァージニア、ウイスコンシン)である。

 一方代理母契約を無効としている州も11州(アリゾナ、コロンビア特別区、ユタ、インディアナ、ケンタッキー、ルイジアナ、ミシガン、ネブラスカ、ニューヨーク、ノースダコタ、ワシントン)あり、これらの11州では、代理母契約を公序に反するとして禁止し、報酬の支払いを禁じている。この違反に民事罰又は刑事罰を課す州もある。

 新しい医療の社会普及にはその倫理的是非に関する国民の理解が必須である。その意味から一般国民の「代理懐胎」に対する意識が「許容されうる」と本当にかわりつつあるのか、慎重に見極めることが重要である。


【補足資料」―代理懐胎をめぐる社会の対応と見解―

※代理懐胎に関する厚生労働省の見解

 厚生科学審議会先端医療評価部会「生殖補助医療技術に関する専門委員会」では1998年10月より2年2ヶ月、計29回に及ぶ検討の結果、2000年12月に「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療のあり方についての報告書」をまとめ、さらにこの専門委員会報告書をふまえ、2001年6月から「厚生科学審議会生殖医療部会」が設置され、計27回の会議が開催され、2003年4月に「精子・卵子・胚の提供等による生殖医療制度の整備に関する報告書」がまとめられた(筆者も委員として部会に参加したが、厚生労働省の議論としては珍しくオープンでフェアな議論の場であった印象を持っている)。

 この最終案のなかで「代理懐胎は禁止し、代理懐胎の施術・施術の斡旋は罰則を伴う法律によって規制する」とした。この理由としては、代理懐胎が第三者の人体そのものを妊娠・出産の道具として利用するもので「人を専(もっぱ)ら生殖の手段として扱ってはならない」という基本的考えに真っ向から反するとしている。その後、民法の親子法の改正について法務省・法制審議会が開催されたが、法改正には至っていない。

 2001年には「法整備等条件が整うまではAID以外の非配偶者間体外受精はおこなうべきではない」とする厚生労働省母子保健課長通知が厚生科学審議会専門委員会中間報告にあわせて通知された。代理懐胎の実施が事実ならば、この課長通知に違反する。

※日本産科婦人科学会見解の付帯事項

 厚労省の委員会と平行して、日本産科婦人科学会では非会員である各界の有識者6名(倫理学者、宗教学舎、法学者、弁護士、小児科医、マスコミ関連)を含む9名の委員により構成される倫理審議会(委員長:米本昌平氏)に「代理懐胎の是非」を諮問し、答申書を受領、さらに学会倫理委員会での議論を経て、(1)、生まれてくる子の福祉を最優先すべき(2)、代理懐胎は身体的危険性・精神的負担を伴う(3)、家族関係を複雑にする(4)、代理懐胎契約は倫理的に社会全体が許容していると認められないことを理由に「現時点では代理懐胎を実施したり、斡旋したりしてはならない」とした(2003年4月学会総会で協議承認)。

 学会見解は原則禁止を謳うが、付帯事項で次のように述べている。

 「代理懐胎の実施は認められない。ただし代理懐胎が唯一の挙児の方法である場合には、一定の条件下(例えば第三者機関による審査、親子関係を規定する法整備など)において、代理懐胎の実施を認めるべきとする意見も一部にあり、将来には社会通念の変化により許容度が高まることも考えられる。代理懐胎を容認する方向で社会的合意が得られる状況になった場合は、医学的見地から代理懐胎を絶対禁止とするには忍びないと思われるごく例外的な場合について、再検討をおこなう」。

※その他の専門家団体の見解

 日本不妊学会は1994年に「代理懐胎についての理事会見解」を発表し「代理懐胎は問題の社会的・倫理的・法律的要素が大きく、その実施について明確な結論を得ることができなかった」とし、代理懐胎の実施に際し、第三者による金銭の授受が介在する可能性を指摘している。

 日本弁護士連合会は2000年3月に「生殖医療技術の利用に対する法的規制に関する提言」において、「代理母(サロゲイドマザー)や借り腹(ホストマザー)は禁止する」としている。この理由として懐胎する女性が「腹を貸す道具」になる恐れがあると同時に、懐胎出産する女性の心身に長期間多大の影響を与え、女性の人権侵害の恐れがあること。商業主義に発展する恐れが大きいことを挙げる。

※日本医師会の見解

 日本医師会は2004年に「医師の職業倫理指針」を編纂した。この指針のなかで、子供の福祉の観点から代理懐胎は認められないとしている。その根拠は1989年に国連総会で採択された『児童の権利に関する条約』(日本も批准)における第35条「児童はあらゆる目的のための、又はあらゆる形態の売買または取引の対象とされてはならない」に抵触する可能性を挙げている。

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