コラム

    • 学歴と就職

    • 2010年03月02日2010:03:02:01:29:47
      • 片桐由喜
        • 小樽商科大学商学部 教授

■はじめに  

 「コンクリートから人へ」政策を転換すると、現政権は宣言した。このうち、子どもに関わる主要な施策が子ども手当の創設と高校授業料無償化であろう。子どもを育てるのに要する費用の一部を国が補助することで、子育てしやすい社会・子どもが健やかに育つ社会を作っていこうと言う趣旨である。 

 通常、子どもにかかる費用のうち、最大のものは教育費である。それゆえに、昨今の厳しい経済状況の中、学費の工面がつかずに高校や大学を退学する学生が少なくない。したがって、高校授業料無償化によって、経済的に苦しい家庭の高校生たちも学業を継続できることになるだろう。 

 本コラムでは子どもたちへの教育の保障と就職について、有名な判例を紹介しながら論じることとする。 

■1 教育の保障

 周知の通り、日本は中学校までが義務教育であり、無償で実施される(憲法26条2項)。つまり、教育の機会が保障されている。しかし、義務教育であっても教科書以外の教材や辞書、体操着あるいは給食など、諸々の費用がかかる。そこで、これらの費用を準備できない世帯は、生活保護法による教育扶助を受給することができる(生活保護法13条)。 

 生活保護法の教育扶助の範囲は義務教育までである。同法は、被保護世帯の子供に対し、中学校卒業後は就労し、自立することを求めている。これに対し、学業優秀な子どもを高校に進学させたい、高校を卒業したほうが自立に資するなどの理由から、実務上、1961年から被保護世帯の子どもたちも高校進学が可能となったている。ただし、授業料などは、奨学金や本人のアルバイトで賄うことが条件である。  

 そこで、被保護世帯の親が子どもの高校進学費用にと保護費から学資保険の保険料を払い、満期返戻金を受領したところ、これを担当保護実施機関が収入認定し、翌月から保護費を減額する処分を行なった。当該世帯の親子がこの処分を不服として裁判を起こし、最高裁まで行ったのが、中嶋訴訟である。そして、この最高裁判決は生活保護法を改正させる契機ともなった。 

■2 学歴と就職

 前記中嶋訴訟の第1審から最高裁判決までの一貫した考えは、自立とは就職を意味し、現在の日本では学歴が就職を左右する、だから被生活保護世帯が学資保険に加入すること、保護費の中から保険料を支払うことは許されると言うものである。 

 すなわち、「自立更生も結局は就職と言うべきであり、学歴に左右されるのが現状であることに照らすと、高校進学は生活保護家庭を保護から脱却させるための一手段とも評価することができる」(福岡地判平7.3.14)と述べる。最高裁もこの判断を支持し、現在、学資保険への加入は認められている。裁判所がこのように述べる背景には、高校進学率の高さがあると思われる。ちなみに、平成20年度の高校進学率は97.8%である(文部科学省)。なお、同年の大学進学率は55.3%である。 

 さらに、中嶋訴訟最高裁判決(平成16.3.16)を契機に、平成17年4月より生活保護給費の一つであるの生業扶助の中に高校就学費が設けられ、公立授業料相当額が支給されることになったのである。したがって、高校授業料無償化以前に、既に被保護世帯の子らは高校授業料については負担を免れていた。 

 しかし、被保護世帯のみならず、保護を受けていない世帯に属する高校生たちの中にも、学費を工面するのに苦労している者がいることは知られているところである。そのような高校生にとって、経済的な不安を抱えずに学業をまっとうできるように企図された高校授業料無償化は朗報に違いない。 

 高校全入社会に、中学校を卒業した者が直ちに踏み出すならば、そこには厳しい環境が待っていることは容易に推測される。判例が指摘したように学歴が就職を左右する中にあって、経済的困窮のために高校進学を断念、あるいは辞めざるを得ない子どもたちは、大きく飛躍するための翼を折られたようなものである。 

■まとめにかえて

 日本が親の経済力によって、子どもの学力格差が生じる社会となったと報じられて久しい。さらに、その開いた格差が徐々に固定化しつつある。既に問題視されている貧困の再生産などはその典型例である。 

 新年度から始まる高校授業料無償化が、勉学の意欲と能力を持つあらゆる子供たちに教育の機会を保障することを真に期待したい。 

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