コラム

    • WHOは鳥インフルエンザへの関心を失ったのか?

    • 2010年10月19日2010:10:19:00:05:00
      • 外岡立人
        • 医学博士、前小樽市保健所長

以前、頻回にH5N1鳥インフルエンザ(以下H5N1)のパンデミックを警告し続けていたWHOは、昨年以降、全くと言っていいほど、H5N1に関して発言しなくなっている。

 

WHOがこれまでにウエブに掲載した、H5N1に関するガイドライン、啓発文書、声明文等の文書数の年度別推移は次の通りである。

 
 2003年度: 1
 2004年度:10
 2005年度:15
 2006年度:21
 2007年度:12
 2008年度: 6
 2009年度: 1
 2010年度: 0 
 
最後の文書発行は2009年3月であり、それ以降は全くウエブに掲載されていない。 
 
 
あれほど頻回にマスメディア等で発言していたWHOの幹部であるケイジ・フクダ氏や国連のパンデミック・インフルエンザ責任者のナバロ博士の名前は、最近海外マスメディアで見かけることはなくなった。
 
この変化は、昨年のA/H1N1インフルエンザ(いわゆる新型インフルエンザ、以下A/H1N1)がパンデミックとして出現してきてからであるが、さらに2010年1月にヨーロッパ評議会等で、WHOのA/H1N1に対する過剰なパンデミック煽りが批判されだしてから明確になっている。
 
A/H1N1がパンデミックを起こしたからといって、H5N1の危険性が減じたことはありえない。それにも関わらず、上述のごとくH5N1関連文書の発行が、この1年半一切無いことは異常である。A/H1N1終息後に、WHO内部で人事交代があったことは想定されるが、それにしても極端な変化である。
 
本年8月にWHOがA/H1N1パンデミック終息宣言を出してから、A/H1N1インフルエンザ情報、そして一般のインフルエンザ情報量は冷淡な程に減少した。パンデミックインフルエンザ週報は毎週金曜日(現地時間)に発行されていたが、9月からはインフルエンザ情報として隔週発表となった。しかし、その隔週発表も遅れがちである。
 
WHOはインフルエンザに関心を失ったように見えるが、もしかしたなら組織が機能していないのかも知れない。2008年秋に、英国議会でWHOの組織疲労が指摘されていた。
 
さらにチャン事務局長がこの春に北朝鮮を訪問して、同国の医療体制を賞賛するがごとき発言をして、国際的に物議を醸したりしている。北朝鮮でA/H1N1でどれだけの子供達が死亡しているかを調査して発表するのが、同女史の本来の責務であるはずだ。
 
 
高級国際公務員組織とも言えるWHOとは別に、H5N1鳥インフルエンザの拡大を懸念している組織や人々は多い。
 
FAO(国連食糧農業機関)は、今年度は家きんにおけるH5N1感染件数が増えていると、この9月に発表している。
 
またフランスの研究チームは、7月に世界における過去のH5N1人感染例を分析し、以下のように今後の危険性を警告している。
 
「世界全体におけるH5N1感染者数は減少してきているが、いくつかの国々ではウイルスは人への感染を続けており、さらに感染者数は増加することが予想される。特にそれはエジプトとインドネシアで顕著である。」
 
 
多くのインフルエンザウイルス研究者達は、H5N1ウイルスが人でのパンデミックを起こす危険性が減じているとは判断していない。
 
世界的に有名な研究者である、米国メンフィスの聖ユダ小児研究病院のウエブスター博士も、9月にH5N1感染例が増えていることを香港の学会で警告している。
 
米国CDCは、H5N1ウイルスを含むハイリスクのインフルエンザ発生時に対応するがごとく、ワクチン製造能力の強化を図り、そして6ヶ月以上の全国民へのインフルエンザワクチン接種勧奨に政策を変えている。
 
 
途上国はWHOの指示に従い、または協力を仰いでいる。昨年パンデミック宣言を行った後、WHOはA/H1N1ワクチンを途上国に、人口の10%分の提供を決めた。しかし、数カ国への提供が報告された頃には、先進国では余剰ワクチンの破棄が始まっていた。
 
現在、WHOは世界中で余ったA/H1N1ワクチンを途上国へ提供し続けているのだろうか? それともA/H1N1が含まれた季節性インフルエンザワクチンの提供に変更したのだ 
ろうか?それが医科学的にも生命倫理学的にも正しい対策である。
 
 
これまで頻回にパンデミック対策を推し進めるように発言していたWHO幹部達は、今、なぜ何も語らないのだろうか?
 
いつパンデミックは起きても不思議ではない、と彼らが語り続けていたパンデミックインフルエンザは本当にA/H1N1のことだったのだろうか?
 
それは僅か半年もしないうちに終息に向かいだし、同時にWHOもパンデミックについて語ることが少なくなっていった。
 
 
WHOが無力化している現在、H5N1を含む、危険なインフルエンザが発生した場合、世界の対策は完全に後手に回る。
 
わが国でも、いつ危険なインフルエンザがパンデミックを起こしても防戦できるように、インフルエンザ対策の強化が急務と筆者は考えている。
 
 
--- 外岡立人 医学ジャーナリスト、医学博士)

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