コラム

    • 中央銀行の物価安定責務とは

    • 2010年11月30日2010:11:30:00:05:00
      • 長谷川公敏
        • エコノミスト

 

 今回の「未曾有の大不況」の発端になった2007年7月の「CDS問題」顕在化から、3年以上経過した今も、世界の経済・金融は正常化していない。
 
 

■バーナンキ議長の思い

 
 大不況の象徴である高水準の失業率を低下させるために、FRB(米連邦準備理事会:米中央銀行)は11月2日~3日に開催されたFOMC(米連邦公開市場委員会:米金融政策決定会合)で、大掛かりな追加の金融緩和策を決定した。ただ、この追加の金融緩和策の内容は「米政府が新規に発行する国債の金額と、同程度の金額の米国債を購入する」(注1)というもので、早くから市場関係者などが予想していたものとほぼ同じだった。
 
 バーナンキFRB議長は、この極めて大胆な金融政策を成功させ、米国景気を正常化させるために、かなり前から追加金融緩和策の内容を示唆し、FOMC翌日のワシントン・ポスト紙に、FOMCの決定を補足する寄稿をするなど、細心の注意を払った。 
 
 しかも、バーナンキ議長はこの寄稿で、今回の追加金融緩和策が、「株価の上昇やインフレ期待の醸成などを通じた経済正常化を狙ったものである」旨を表明しており、内容が中央銀行トップの意見としては極めて異例で踏み込んだものになっている。 
 
 こうした努力の結果、米国内外から追加金融緩和策に批判がある中でも株価が上昇するなど、市場では好意的な反応が示された。 
 
 

■日銀の対応 

 
 FOMCに先立ち、日本銀行は10月5日の金融政策決定会合で、国債やETF(株価指数連動型上場投資信託)などを新たに5兆円程度購入することを決めていたが、前回の反省(注2)から、11月15日~16日に予定されていた金融政策決定会合を、FOMC翌日の11月4日~5日に前倒しで行った。
 
 FOMCの結果が事前の予想通りだったことから、この金融政策決定会合では淡々と「5兆円」政策の実施方法などが詰められただけで、更なる金融緩和策は決められなかった。こうした日銀の対応に、政府内からFRBとの金融緩和策規模の差に批判が起きているが、日銀は「リスク量は同程度」と反論している。
 
 

■重要なのは当局の姿勢

 
 しかし、問題なのは規模ではなく、彼我の中央銀行の姿勢の違いだ。
 
 米国では市場重視の野党共和党の反対で、日本では政府の債務残高の大きさで、日米とも政府支出の拡大が難しく、景気対策は金融政策に大きく依存している。こうした中で、FRBは「株価上昇やインフレ期待」を表明するなど、中央銀行としてはあるまじき姿勢を示しているが、日本銀行は伝統的な「資産価格上昇やインフレには否定的」な見解を表明している。
 
 

■今は非常時 

 
 平時の不況であれば、中央銀行は「物価の番人」という看板を下ろさずに金融緩和を行うのが正しい。しかし、今は「100年に一度」の未曾有の大不況であり、日本は世界で唯一のデフレ国で、しかもデフレを10数年間も継続中だ。「日本化=デフレ」を懸念してFRBが「インフレ期待醸成」に舵を切る中、当の日本が依然「インフレ懸念」から腰の入った金融政策をとらない現状を見ると、日本経済の正常化は一層遠のくと思わざるを得ない。 
 
 

■「物価の安定」とは

 
 日本銀行法第1章第2条には「日本銀行は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする」とある。日本の現状を見ると、「物価の安定」とは「インフレ抑制」ではなく「インフレ促進・デフレ脱却」に他ならないはずだ。 
 
 
(注1)FRBは来年の第2四半期末までに米国債を6000億ドル、1ヵ月あたり約750億ドル買い入れる。ただ、8月10日のFOMCで「既に保有している米政府機関発行の住宅ローン担保証券などの元本償還分を、長期国債に再投資する」と決めており、これは月間約350億ドルになる。合計すると、FRBは毎月1100億ドルの米国債を買うことになる。 
 
(注2)日銀は8月10日の金融政策決定会合で、金融政策を変更しなかった。しかし、日本時間の翌11日(米国時間では8月10日)のFOMCで、FRBは前述(注1)の追加の金融緩和策を決めたため、為替市場では円高=ドル安が進んだ。日銀がすぐに臨時の金融政策決定会合を開いて追加金融緩和策を決めなかったため、円高は止まらず、日銀は株式市場や政府から批判された。結局、日銀は8月30日に臨時の金融政策決定会合を開き、追加の金融緩和策(新たに10兆円の資金供給)決定を余儀なくされた。 
 
 
---長谷川公敏((株)第一生命経済研究所 代表取締役社長)

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