コラム

    • インフルエンザ予報

    • 2011年01月04日2011:01:04:00:05:00
      • 外岡立人
        • 医学博士、前小樽市保健所長

 国立感染症研究所から週に一度、国内におけるインフルエンザ発生状況が発表されている。国内5,000カ所の定点医療機関を1週間に受診したインフルエンザ患者数(正確には臨床的にインフルエンザと診断された患者数)の平均値が発表されているが、それは定点情報と呼ばれている。その平均が1を越えると流行の開始を意味し、10を越えると注意報が発令され、30を越えると警報が発令される。 

 
 今季インフルエンザシーズン(2010/2011)は、2010年12月中旬に全国的に流行が始まったと発表されている。 
 
 実はインフルエンザの流行は海外の流行状況などを参考にすると、その長期的、および短期的予報は可能である。 
 
 長期的予報を参考にして、感染拡大対策を講じることは可能であるし、本来はそのような考え方が公衆衛生学的には適切と筆者は考えている。 
 
 今回は日本で初めてと思われるが、国内におけるインフルエンザ予報を試みる。 
 
  

(1)世界的状況 

 
 一昨年(2009年)秋から初冬にかけて、パンデミックインフルエンザとしてA/H1N1インフルエンザが世界中で流行したが、それは昨年(2010年)の8月にWHOがパンデミック終息宣言を出した後、季節性インフルエンザとして取り扱われている。 
 
 2010年に入ってから北半球でのインフルエンザ流行は概して小康状態に終始していたが、それでも中国と香港で7月中旬から10月までA香港型H3N2インフルエンザが流行し、さらにインドでは夏期モンスーン期である6月から9月まで、A/H1N1インフルエンザが2009年に引き続き、第2波として流行した。いずれも現在はほぼ終息しているが、この冬期間に再流行もあり得る。 
 
 南半休は現在初夏であるが、インフルエンザの流行はない。2010年の冬期間(北半球での夏期間)には、A/H1N1が2009年の冬に引き続く第2波として、ニュージーランドで予想外の流行を起こし、多くの重症者と死者を出した。しかしそれは、2009年の流行規模が非常に小さかった地域が中心であった。一方、オーストラリアでは冬期後半に若干の流行を認めたが、前年に比較して小さなものだった。両国では、2010年にはA香港型は流行しなかった。 
 
  
 現在の北半球、すなわち2010/2011シーズンでは、2010年12月以来、英国で急速なA/H1N1の流行が起き出している。感染者数の増加に先行するように、重症者数と死者数の急増が顕著となった。英国保健省では通常の季節性インフルエンザ流行初期で見られる範囲内とコメントしているが、実際の感染者数の増加率とICU収容者数の増加(12月27日の時点で460人)状況を見ると、過去十年来最大の流行となる可能性も専門家から指摘されている。 
 
 英国の流行に引き続き、フランスや北欧などでもインフルエンザ患者数の増加が見られ出しているが、A/H1N1が主流株となっている。A香港型ウイルスの分離数は少ない。 
 
 
 一方北米では2010年12月以降、A香港型が発生し始めている。A/H1N1ウイルスの分離率は非常に低い。 
 
 カナダでは州によってA香港型の発生が散発的ではあるが急速に報告されだしている。分離ウイルスはほとんどがA香港型であり、他にB型が多少分離されている。 
 
 米国では南東部でB型インフルエンザの発生が報告されているが、気温が下がるに従い終息に向かい、その代わり全米的に発生し出しているA香港型の流行が始まると推定されている。A/H1N1ウイルスの分離率は非常に低い。 
 
 
 現在、ヨーロッパでA/H1N1の流行が始まり、北米ではA香港型の流行が予測されるが、この流行インフルエンザの型の違いは、理由として以下のように筆者は考えている。 
 
 2008年暮れから2009年春にかけてヨーロッパで流行したインフルエンザはA香港型のブリスベン株であり、その規模は非常に大きかった。一方北米ではその前の年、すなわち2007年暮れから2008年春にかけて同株が大流行している。 
 
 A/H1N1に関しては、一昨年の2009年夏から冬にかけて世界的に流行したが、北米ではその流行規模は大きかったのに対して、ヨーロッパではそれほどでもなく、例年の季節性インフルエンザ並であったようだ。 
 
 こうした状況から考えると、ヨーロッパではA香港型株に対する集団免疫が未だ強く残っているが、A/H1N1株に対する集団免疫は意外と低い可能性がある。 
 
 一方、米国ではA/H1N1株への集団免疫は未だ強く残っているが、A香港型に対してはヨーロッパよりも低い可能性がある。 
 
 すなわち今シーズン(2010/2011年)、ヨーロッパではA/H1N1インフルエンザが中等度以上の規模で流行する可能性は高いが、A香港型の流行規模は小さいと予想される。一方米国ではその逆が考えられる。 
 
 
 上述した内容を、日本の状況と共に以下の表にまとめた。 
 
【主として流行したA型インフルエンザ】
  2007-8年シーズン 2008-9年シーズン 2009-10年シーズン
米国 H3N2香港型(ブリスベン株) H1N1ソ連型(タミフル耐性株) A/H1N1(パンデミック株)
欧州 H1N1ソ連型(タミフル耐性株) H3N2香港型(ブリスベン株) A/H1N1(パンデミック株)
日本 H1N1ソ連型(タミフル感受性株) H1N1ソ連型(タミフル耐性株) A/H1N1(パンデミック株)
 
 

(2)国内的状況 

 
 2009年末には、ほぼA/H1N1の流行が終息したが、その後2010年春以来、少数のA/H1N1ウイルスとA香港型ウイルスが検出され続け、時々両ウイルスによる学校内や施設内集団発生が報告されていた。 
 
 そして秋以降A香港型ウイルスの分離数が増えだし、11月初旬には秋田県の病院で集団発生が起きて、多数の死亡者が出た。他にも病院内でのA香港型の集団発生が報告された。 
 
 その後、次第に全国のインフルエンザ患者数は増え出し、北海道では11月初旬に流行が始まったが、分離ウイルスは全てA香港型となっていた。東京都は12月第2週に流行が始まったが、感染者の3割近くが成人層であることが特徴となっていて、成人層での感染拡大が示唆されている。成人層の人口密度が高いことが理由と思われる。全国的流行は、12月中旬の第3週に始まっている。 
 
 2010年度の夏以降、全国的に分離されるウイルスは6割がA香港型ウイルスで、3割がA/H1N1ウイルスと報告されていたが、12月に入ってからA/H1N1の方が多く分離されだしている。 
 
 なお一昨年(2009年)、日本ではA/H1N1の流行規模は大きかったが、A香港型の大きな流行は過去4年間見られていない(表参照)。すなわちA/H1N1に対する集団免疫はある程度確立されているが(易感染層である乳幼児と学童の5割以上)、A香港型に対する集団免疫は低いと推定される。 
 
 

(3)インフルエンザ予報 

 
 短期的に予測すると、集団免疫の低下しているA香港型の流行が、2010年暮れから正月明けに急速に拡大し、高齢者施設や病院内での集団感染、および高齢者の肺炎合併と、それによる死者の発生が危惧される。 
 
 A/H1N1は、2009年度の流行で感染していなかった学童が感染しやすいが、現在は既に冬休みに入ったため、流行の拡大は冬休み明けまで抑えられると考えられる。その後、ある程度の集団発生が小学校や幼稚園などで起きることが予想される。 
 
 しかし、英国のように寒冷と共にA/H1N1重症者が発生することも懸念され、そうなると1月中旬から2月上旬にかけて、A/H1N1重症者が、成人層の基礎疾患保有者を中心に増加する懸念もある。なお英国では重症者の半数は元来健康であった人々であり、妊婦も含まれている。 
 
 
 長期的に予測すると、1月中旬から2月末まで、A香港型とA/H1N1が混合流行する可能性が高い。前者は高齢成人の重症化と死亡、後者は若年小児と中年層の重症化と死亡者の発生が懸念される。さらに例年のように気温が緩み出す2月末以降、B型インフルエンザの流行が起きてくる。B型インフルエンザは一般的に重症化しない。 
 
 
 今シーズン流行してきているA香港型とA/H1N1は、ワクチン株と類似しでいることから、ワクチン接種で予防可能と欧米では言われている。 
 
 
 また英国でのデータが分析されると判明すると思われるが、2009年にA/H1N1に感染した例が今シーズンも同インフルエンザに感染している可能性もある。特に早期に抗インフルエンザ薬が投与された場合、また軽症で回復した場合等、再感染を防ぐだけの免疫ができていない可能性もある。 
 
 英国では、一昨年の流行時に感染したか、またはワクチン接種を受けたかに関係なく、早急なワクチン接種が、昨年の12月に強く求められていた。 
 
 今シーズンのワクチンには、A/H1N1、A香港型およびB型株の3種類が含まれていて、3種類とも今シーズン流行している株に適合している。
 
 
--- 外岡立人 (医学ジャーナリスト、医学博士)

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