コラム

    • 世論形成

    • 2011年06月28日2011:06:28:00:05:00
      • 片桐由喜
        • 小樽商科大学商学部 教授

 

はじめに 

 
 先日の日曜日の朝、テレビではパートタイマーなどの厚生年金加入が議論されていた。芸能人が司会者をつとめ、コメンテーターとして与野党の政治家などが出演する。この議論の発端は、政府・与党社会保障改革検討本部が示した「社会保障・税一体改革成案(案)」の一つ、厚生年金被保険者のパート労働者等、短時間労働者への適用拡大案である。
 
 初めて見たテレビ番組であった。驚いたのは、内容ではなく、司会者の番組進行、正確には制作局の番組作りの手法である。
 
 第一に、ある特定の方向に誘導するかのような進行であり、第二に、それを易しい言葉で、かつ映像、表などを駆使して、わかりやすく説明し、最後に、反論する側に与えられた時間はとても短いということである。
 
 こうやって世論は形成されるのだろうかと、思った日曜日の朝であった。
 
 

1.現行厚生年金の被保険者 

 
 世論形成について論じる前に、厚生年金の短時間労働者に関する被保険者取り扱いを概観する。 
 
 厚生年金制度は、民間被用者、つまり労働者を原則、強制加入としつつ1 、その適用要件として、「通常の就労者の所定労働時間、所定労働日数の概ね4分の3以上」が設けられている2 。したがって、例えば、クリニック勤務の常勤看護師の労働時間が8時間のとき、パート看護師Aさんのそれが5時間30分なら、パート看護師は厚生年金に加入しない。 
 
 さらに言えば、Aさんが独身の場合には国民年金の1号被保険者(つまり学生や自営業者と同じ分類)、既婚でかつ年収が130万円を超えるときも1号被保険者、しかし、既婚でも130万円を超えないなら、今、話題の3号被保険者となる。 
 
 この仕組みが、働き方やライフスタイルに中立ではない、専業主婦優遇だ、あるいはパート労働の低賃金固定化だ、と非難されてきた。 
 
 

2.改革案の被保険者像 

 
 それで、上記のような仕組みを変えようと上記本部が改革案を示した。すなわち、労働時間や収入に関わりなく、被保険者となる仕組みへの変更である。変更モデルの一例として、雇用保険と同じ要件を掲げる。これにならうなら、厚生年金保険の被保険者要件は労働時間が週20時間以上、収入要件は撤廃となり、その結果、約400万人が新たに被保険者になると推測されている。 
 
 この被保険者適用拡大問題は、近いところでは、平成19年に安倍内閣が同じ改革を主張し、法案化まで進めた。しかし、外食、流通等各種業界の反対を受けて頓挫した経緯がある。人件費削減策として雇用しているパートタイマー、アルバイトのために、社会保険料負担を課せられるなんて、経営者側からすれば本末転倒、言語道断ということになるのだろう。 
 
 

3.世論形成 

 
 冒頭のテレビ番組で司会者は、この経営者側の意見を代弁するかのように、被保険者拡大が経営を圧迫すると絶叫モードで主張し-少なくとも私はヒステリックに叫んでいる印象を受けた-、パートの賃金が10万円で、その数が50人なら経営者側の負担はいくら、等々、具体的な数字をあげて、保険料の会社負担分を紹介する。
 
 それに加えて、パートタイマーたち働く側にとっても不利益であると、同じく数値を列挙してわかり易く、かつ冗舌に述べる。適用前と同じ賃金を得ても、そこから社会保険料が控除されると手取り減になって、家計への損失だ、というものである。 
 
 テレビの特技である視覚に訴える図表を活用し、かつ、まくしたてるような口調で説明されたら、テレビを見ている視聴者の中には、年金制度の意義や仕組みについて深く理解していない者もいるだろうから、それはそうだと納得するだろう。その結果、改革案が負担増だけを強いて、庶民の懐を無視した「改悪」案であると思ってもおかしくはない。 
 
 これに対して、与党側の政治家に与えられた反論のスタイルは、司会者の数分の一の短い時間で、かつ、口頭によるものである。明らかに旗色が悪い。
 
 これが追って、同局のニュースで、仮に「パートタイマーへの厚生年金適用拡大に対し、与党政策担当者は明確な反論ができず、根拠があいまいなまま労使双方の国民に大きな負担を強いようとしており、国民の支持は得られないだろう」と報道されるならば、なんと恐ろしいことかと思う。 
 
 

4.市井の賢人 

 
 厚生年金の適用対象者を拡大することは、必要である。ここでは紙幅の都合上、詳細に論ずることはできないが、年金制度の目的、機能、あるいは年金制度を超えた広い意味での国民負担、等々を考慮すれば、拡大はあるべき方向であることを指摘したい。あるいは、諸外国の例を見れば、日本の仕組みが例外的であることがわかる。 
 
 ところで、今回の改革案が労使双方に負担だけを課す改悪ではなく、むしろ、今こそ必要な方策であると考える人々は、少なくないと思う。テレビの視聴者は、制作局が考えるほど、単純で盲信的、無知ではないはずである。
 
 もっとも、かような市井の賢人を意識すると、あの手の番組や娯楽番組を作ることはできない。そうではない人々を対象に、制作者側自身が理性や良識を押しころして、作っているのだろう、と思いたい。
 
 
--- 片桐由喜(小樽商科大学商学部 教授)

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