コラム

    • こんな「請求書」では支払えない ~泥縄の一体改革~

    • 2011年07月05日2011:07:05:00:05:00
      • 杉林痒
        • ジャーナリスト

 

 「安心保証・ケア付きの有料老人ホームに入りませんか?」 
 
 優しそうな看護師さんが微笑むパンフレットに誘われて内覧会に行ったら、張りボテだとわかった。それでもあなたはそのホームの入居金を払いますか? 
 
 
 今回の政府の「税と社会保障の一体改革」とやらは、さしずめこんな内容だ。 
 
 自民党時代から提案されていた様々な社会保障の施策をかき集めて、これでどうだと示されて、わかりましたと消費税率の引き上げに賛成するのは、よほどのお人好しだ。 
 
 
 そもそも、将来負担を試算するのに、経済前提が2つ使われている。年金の財政計算の前提は2009年の財政検証の時のものを再利用し、医療と介護については2011年1月の政府の経済試算をもとにしている。
 
 なぜ、同じ国の社会保障の試算をするのに、バラバラの経済前提を置くことができるのか、理解できない。それなのに、税と社会保障を一体で改革すると大風呂敷を広げる。せめて経済前提ぐらいは「一体」にしてくれよ、と言いたいところだ。 
 
 
 年金は2004年の制度改革で保険料を毎年上げていくことを決め、自動的に給付水準を調整する仕組みを入れた。これで、5年ごとに「財政再計算」をして政権がひっくり返るような騒ぎをする必要をなくした。おかげで09年の時には、簡易的な「財政検証」をして「これで大丈夫」と、さして注目されることもなくやり過ごしてしまった。 
 
 ところが、この自動調整の仕組みはまったく機能していない。面倒な仕組みで、機能していないものを理解するのも空しいので説明はしないが、年金財政の調整が7年も機能していないということは、04年改革は破綻したことを意味する。現実に、年金積立金は04年度以来減り続けており、2011年度は8.8兆円も減る予算となっている。 
 
 この年金の経済前提に09年当時のものを使うことは、財政破綻に目をつぶることを意味する。そんなことはお構いなしで、経済前提のダブルスタンダードを認めているのが今回の「税と社会保障の一体改革」なのだ。これが今回の「請求書」の実態で、これに対してすぐに「消費税率を上げても構いませんよ」と応じているのが日本の大マスコミだ。これでは福島の原発事故に「すぐに影響がある水準ではない」と、大本営発表を垂れ流し続けた姿と同じではないか。 
 
 
 さて、最初の話に戻ろう。大きな買い物をする時には、普通の経済感覚の持ち主であれば商品をよく吟味する。ケア付き老人ホームに入りたくても、建物やサービスを確かめずに、何千万円もの入居権を買ったりはしない。
 
 ところが、税と社会保障の一体改革は消費税率を上げるかどうかが焦点になってしまって、社会保障の中身の議論はどこかに行ってしまった。「老人ホームは必要だから、すぐに買いましょう」と言っているのに等しくはないだろうか。 
 
 
 確かに日本の国家財政は逼迫している。とはいえ、国民は多くの個人金融資産を保有しており、国債のほとんどは国民が持っている。消費税率、所得税率、資産課税は国際的に見て低い水準にあり、今後、引き上げることができる。要するに、まだ、老人ホームに入るには体力的に余裕がある状態で、あわてずに品定めをする時間はある。 
 
 現実に、GDPの2倍に近づいている国債の発行残高だが、金利は著しく低い。東日本大震災の前に、1.3%を超えていた10年もの国債の金利は、震災で上がるどころか、下がってしまった。日本経済の低迷を織り込む形で国債を買う動きが出たわけで、格付け会社がいくら格付けを下げたところで、世界中の投資家は日本国債を買っている。 
 
 もちろん、残されている時間は少ない。あと5年ほどで団塊世代が65歳を超えて高齢期を迎える。それまでに社会保障制度をよく考えて、財政的な備えをしなければならない。いまは、老人ホームをよく見比べて、終の棲家を探す時間なのだ。 
 
 
---杉林痒(ジャーナリスト)

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