コラム

    • 史上最強毒性の新型大腸菌の出現

    • 2011年08月02日2011:08:02:00:05:00
      • 外岡立人
        • 医学博士、前小樽市保健所長

 

 本年、2011年5月初旬に北ドイツのハンブルグを中心にベロ毒素(志賀毒素とも呼ばれる)産生大腸菌(VTEC)による食中毒が発生した(この種の大腸菌で最も有名な菌はO157である)。ハンブルグで開催されたフェスティバルに国内外から150万人の観光客が集まり、その中から発生したため、希に見る食中毒大事件となった。残念ながら日本の報道機関は、またもや十分な情報を国内に提供していない。
 
 
 結論からいうと、最終的に4000人を越える発病者が確認され、そのうちベロ毒素による重篤な合併症である溶血性尿毒症症候群(HUS)が2割で認められ、全発病者の致死率は1%前後となった。これらの値は、O157やO111等の従来の腸管出血性大腸菌感染症(EHEC)よりも両者とも3~4倍高い。発病者の97%はドイツ人であるが、他に14カ国からの旅行者が発病した。
 
 原因となったのは抗生物質多剤耐性のO104:H4大腸菌と確認されたが、この菌は当初、腸管出血性大腸菌(EHEC)に属する希な株と判断され、多くの研究機関で遺伝子分析がなされた。その結果この菌は基本的に腸管凝集性大腸菌(EAEC)という、途上国で下痢症の原因となっている病原性大腸菌由来であり、そこにHUS等を発症させるベロ毒素産生遺伝子が加わったことが確認された。世界的なBGI(北京遺伝子分析センター)は、当大腸菌はEAECに属するもので、それがベロ毒素産生能力を身につけ、さらに多剤耐性株となったと結論している。しかし、ドイツのミュンスター大学のチームは、EHECがEAECの遺伝子を取り込んだとして、あくまでも当大腸菌はEHECとしている。
 
 しかしいずれにしても、EAECの特徴である強力な腸管内感染力および侵襲力を持ち、さらにベロ毒素産生能力が加わり、かつ多剤耐性大腸菌であることは間違いはない。O157やO111を遙かに凌ぐ史上最強の大腸菌の誕生である。
 
 
 問題はこのO104:H4大腸菌がどのようにして集団感染を起こしたかであるが、ヨーロッパ食品安全局、ヨーロッパCDC、WHO、ドイツのコッホ研究所などの専門家による特別調査委員会の懸命な調査で、コロハのスプラウト(新芽野菜)が、大腸菌の媒体食品となったと結論された。
 
 スプラウトは健康食品として好まれているが、通常、生でサラダなどに添えられて摂食されている。
 
 O104:H4大腸菌はドイツで集団食中毒を起こしたが、続いてフランスのボルドー周辺でも集団感染が起きている。ここでもコロハのスプラウトを摂食した人々から発病者が出ている。
 
 このコロハのスプラウトは追跡調査で、2009年11月にエジプトから出荷された種子から栽培されていたことが確認されている。出荷された種子は15トン前後とされ、その中の一部に大腸菌が汚染していたと推定されている。
 
 スプラウトの種子に大腸菌やサルモネラ菌が感染する事は決して希ではなく、感染すると種子内まで入り込み、通常の洗浄や塩素剤での消毒では十分除去されない。種子はその後凍結乾燥されて出荷されるが、感染した細菌も同時に凍結乾燥される。それがその後水分と37℃の環境下でスプラウト栽培が始まると細菌も一気に増殖しだし、スプラウトの茎内の繊維に沿って侵入してゆく。発芽した若芽はスプラウトとして市場に出荷され、短時間内に摂食される。
 
 
 スプラウトによる食中毒の危険性は米国や英国では10年以上も前から指摘されてきたが、今回の件で報道発表したニューヨークタイムズには以下の様な記載が見られる。「スプラウトを生で食べることによる食中毒の危険性は以前から指摘されていた。1996年以来、米国ではスプラウトは少なくとも30件の感染症発生に関与してきた。そして食品医薬品局(FDA)では、高齢者や妊婦、小児、および免疫力の低下している人々は生でスプラウトを摂食しないように注意してきた。」
 
 1996年、日本でスプラウトは大腸菌集団感染症の中でも最大の流行を起している。1万人の小児を中心とした感染者が発生したが、未調理のカイワレ大根を摂食した後に発病した。原因菌は大腸菌O157:H7であった。(筆者注:死亡者数は8人)。
 
 「もし、あなたが食中毒を恐れるなら、スプラウトを食べるべきではない。スプラウトは特に小児に危険である」と、オレゴン州保健局の疫学専門家であるキーン医師が警告している。
 
 
 コロハのスプラウトが原因であることが確認されるとヨーロッパ食品安全局では、コロハのスプラウトを含めて。全てのスプラウトを生で食べる危険性をEU各国に通知して注意を呼びかけた。通常スプラウトの種子は数種類混ぜて売られていることが多く、また栽培されたコロハのスプラウトも他のスプラウトと混ぜてパック化されて売られていることが多い事から、コロハ以外のスプラウトへも感染している危険性が否定出来ないとされる。
 
 
 エジプトから出荷されたコロハの種子は数年間は保存可能であり、今後もEU内だけでなく世界中でコロハの種子に起因したO104:H4大腸菌感染症が発生する可能性はある。またドイツを中心に感染した数千人の人々から二次、三次感染が世界中で発生する可能性もある。すなわち感染者(無症候感染者も含め)から周辺の人への感染(ドイツ、スウェーデンやフランスで既に起きている)、および感染者から食品を介して多数の人への感染(ドイツで起きている)が懸念される。
 
 一方、なぜこのような新型の大腸菌が誕生したかについては謎である。米国CDCでは自然の過程で、大腸菌は他の株との間で遺伝子組み替えが起きえるという理由から、この株が人為的に作成された可能性をいち早く否定している。"there is no evidence to think that this strain has been modifie dintentionally."すなわちバイオテロの可能性の否定にもつながるが、否定根拠は明確でもない。
 
 
 当稿を書き終えた時点での気になる問題点をまとめておく。
 
  1. エジプト産のコロハの種子はEUを中心にこれまで多く出荷されている。その一部にO104:H4大腸菌が混入しているとしたなら、今後数年間は種子を購入したEU内外の国で、コロハのスプラウトを媒体とした同菌による集団食中毒が発生する可能性がある。EU以外で購入した国は現段階で明確になっていない。
  2. これまで恐れられていたO157大腸菌の毒性を遙かに超えるO104:H4大腸菌が誕生したことから、世界は出血性下痢に対して、同菌の迅速診断体制と予防態勢を強化する必要がある。ベロ毒素産生大腸菌(VTEC)に対して抗生物質の使用は、菌の急激な破壊によるベロ毒素放出を誘発するという理由で、通常勧められていないが、当新型O104:H4大腸菌の場合は、セファロスポリン系を含めて多くの抗生剤に耐性となっている。
  3. 当腸管凝集性大腸菌に由来する新型O104:H4大腸菌は、O157やO111大腸菌のように牛の大腸に存在している菌ではなく、人から人へ感染してきた菌が新たに強毒性を遺伝子学的に身につけたものであることから、生の牛肉類からの感染に注意するだけでは予防にならない。
  4. 新型O104;H4感染症で重症化した患者の多くが、ベロ毒素による腎機能廃絶に陥り、腎移植、または生涯人工透析が必要になったり、さらに生涯に亘る精神神経傷害を起こしていると報告されている。
  5. 米国の指導的公衆衛生専門家であるオステルホルム博士は、スプラウトを”生物学的時限爆弾”と称している。
  6. 新型O104:H4大腸菌がヨーロッパで集団感染を起こした事実と、菌がO157以上に強毒である事実を日本国内の医療機関で周知されているかが危惧される。
 
 
 なお、ドイツを中心に大発生したO104:H4大腸菌感染症に関する海外報道をまとめて、筆者のウエブサイトに掲載している。参考にして欲しい。
 
 
 
---外岡立人(医学ジャーナリスト、医学博士)

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