コラム

    • 介護業界における職員教育

    • 2011年08月30日2011:08:30:09:28:49
      • 片桐由喜
        • 小樽商科大学商学部 教授

 

 介護保険施行10年を経た昨年来、同制度の再検証、今後の行方を展望する研究や論評が相次いだ。制度の評価に甘い辛いの幅はあるけれど、介護保険を廃止するべきであるといった制度全面否定説はなく、超高齢社会を前に、介護保険のなかった過去には今更、戻れず、これを少しでも良くして、使いこなしていくしかないという点で意見の一致をみている。
 
 
 すでに、私たちの社会は介護保険に大きく依存している。直近の統計によると、平成22年度の介護保険受給者数は月平均約410万人、これに要した介護費は約7兆9000億円である(国保中央会)。
 
 これだけ多くの利用者がいる事業だけに、彼らからの苦情、不平・不満も相当な数である。国保連へは、昨年度、約6300件の相談が寄せられ、216件が苦情申立として受理されている。介護サービスに対する苦情受付機関は、都道府県や市町村の各自治体、社会福祉サービス運営適正化委員会、あるいは事業所自身など、複数が用意されている。これらへの訴え、さらには表面化しない苦情等を含めるならば、どれほど、多くの苦情が存在、潜在しているか想像に難くない。
 
 
 苦情の概要は、サービスの質、つまり、介護職員による接遇、介護対応、食事といった直接、利用者に向けられる行為に対する苦情が大半をしめる。さらに、最近の傾向として、ケアマネージャーに対する苦情の増加を指摘することができる。 
 
 
 苦情の背景として、介護サービスが、利用者への直接の接触となる対人サービスであることがあげられるだろう。年金のような現金給付形式ではないということである。そのほかにも、利用者の権利意識の高まりなどもある。
 
 しかし、最も大きな原因の一つは、介護保険利用者の需要増加に応えるため、事業参入の壁を低くし、その結果、サービス提供側の資質が玉石混合状態になっている点にあると思われる。同じ現物給付である医療保険の世界において、医師や看護師の中に、適切なサービスが提供できない者がいて、それがために多くの苦情が寄せられるという事態は見られない。その仕事への参入の難易度が資質の担保、ないしはサービスの受け手の満足度と関係があることがわかるだろう。
 
 
 もっとも、官民を問わず、一般社会では、苦情などが相手先から申し立てられないよう危機管理が行われている。その最たるものが、一人前の組織人を養成するための従業員教育だろう。とりわけ、大企業は社員教育システムがしっかりしていて、大学が4年かけてもできないことを、わずか数か月で成し遂げる。企業と教育機関では、その存立目的と機能が異なるため、単純には論じきれない点も多いが、それでも、「教育」効果を上げるためのシステムは、大学の比ではない。
 
 
 言うまでもなく、企業規模が大きいほど、社員教育により多くのコストをかけることができる。ところで、介護業界をみると、1事業所当たり常勤換算の看護・介護職員数は、訪問介護で7.6人、認知症グループホームで11.3人である(厚生労働省「平成21年介護サービス施設・事業所調査結果の概況」)。このような零細企業レベルに十分な職員教育を期待することは難しい。
 
 
 これまで、介護保険サービスを提供する事業所の規模は、あまり問題視されてこなかったように思われる。むしろ、「家族的で、アットホーム、利用者と職員が身近で、良く相手のことを理解できるから、小規模な方が良い」と考えられていた。
 
 しかし、その結果が、職員の教育・研修の余裕もない実態を生み出し、利用者からの苦情を招来しているのだとしたら、この考えは再検討の余地があろう。
 
 
 さらに、事業所規模が大きいほど、収支が安定、離職率も低く、平均月収も高いことが示されている(池田省三『介護保険論 福祉の解体と再生』中央法規、2011年)。つまり、介護業界にも規模の経済が妥当している。
 
 
 家族の介護機能が低下し、最後の時間は他人の手による介護を避けられない時代となっている。その時に、不適切な介護を受け、苦情と、その解決のためのストレスに誰しも悩みたくない。介護事業所の規模拡大と、それに伴う職員教育の実施が介護サービスの向上、ひいてはトラブル防止に資する一つの方策であると考える。
 
 
 
---片桐由喜(小樽商科大学 商学部 教授)

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