コラム

    • 国籍要件と医療ツーリズム

    • 2011年11月08日2011:11:08:00:05:00
      • 片桐由喜
        • 小樽商科大学商学部 教授

  盛り上がりに欠ける社会保障法の講義の中で、比較的、学生の関心を引く論点が「社会保障制度と国籍要件」である。これは、制度の適用を受ける際に日本国籍があることが要件になっているかどうかという問題である。

 
 国民年金法や国民健康保険法などは、立法当初、被保険者は「国民」であると定め、これをもって、これらの保険には国籍要件が課されている、と表現されてきた。しかし、1980年の難民条約批准に伴い、多くの国籍条項が撤廃され、現在、国籍要件が課されている社会保障関連法は、生活保護、恩給法、戦傷病者戦没者遺族等援護法など、ごくわずかである。
 
 なお、健康保険や厚生年金など被用者保険への加入に際しては、日本国籍の有無は問われない。この場合、被保険者資格は雇用と同時に発生するからである。最近、北海道の観光業界では外国人観光客に対応するため、アジア系留学生を雇い入れるところが増えている。このような場合、留学生たちは、通常は会社側と雇用契約を交わすであろうから、それに伴い、当然に健康保険などの被保険者資格を取得する。
 
 前記恩給法や戦傷病者戦没者遺族等援護法は、適用対象者が減る一方だが、生活保護法の国籍要件は、いまなお「生きた論点」である。生活保護法上の保護を役所に求めたが却下された外国人が、その却下処分の取り消しを求めて提訴するのだが、勝訴した裁判はない。裁判所が示す主たる判決理由は、生活保障責任はその者の国籍の属する国、つまり本国にあるというものである。
 
 
 ところで、最近、このような国籍要件など、まったく問題にもならない事態が発生している。富裕層外国人のための医療ツーリズムである。産業育成のためと政府・業界をあげて取り組んでいる。某旅行社は、医療ツーリズムの販売好調のおかげで3年ぶりに営業黒字を計上したとも言われている。
 
 当然のことながら、彼らは自由診療で健診・治療を受けている。したがって、医療ツーリズム促進派からは、医療機関への支払いは彼らの財布からすべて出され、我が国の医療保険財源を使わない、むしろ、経済効果が大きく、不況下の日本社会へ好影響が期待されるとの声が聞かれる。
 
 
 たしかに、支払いの財布は違う。では、医療ツーリズムに使う施設、機器、さらには外国人を受け持つ医師や看護士などの養成も彼らのポケットマネーで賄われているのだろうか? そのような例はめったになく、現在、大半の提供体制はすべて保険診療で活用されていたものを借用しているにすぎない。
 
 つまり、日本に暮らす私たちの保険料と税金で整えた資源がいわば流用されている。もっとも、現在の日本で、医療資源が余るほどあり、外貨獲得、産業振興にも大いに資するというのであれば、本コラムを書くまでもなく、医療ツーリズムを支持しない理由はない。
 
 しかし、周知のとおり、筆者の住む北海道をはじめ、医師・看護師や医療機関の不足、偏在に多くの地域が苦労している。上記生活保護裁判で、国民の生活保障責任はその国籍の属する国にあるというのであるから、医療政策立案に当たり、政府が今、向かうべき方向は、おのずと明らかではないだろうか。
 
 EU諸国では、ヒト、モノ、カネの移動が自由化され、医療へのアクセスも然りである。それで、より良い医療環境、より安い医療費、あるいは早い治療を求めてEU内を人々が移動する。これにより各国国民に影響が当然、および始めている。そのため、何らかの調整原理が必要であると認識が高まっており、これは、現在、日本においてもEU医療保障研究のホットイシューである。
 
 医療ツーリズムのニュースを聞くたびに、貧しい漁村が高級魚を都会に売って、その稼いだ金で家族が生計を立てるイメージが重なる。おかれている境遇が豊かでない者が、生活のために、目の前にある資源を売り払うイメージである。
 
 救急患者がたらいまわしにされる一方で、その隣に手厚い医療サービスを受ける外国人観光客がいる状況を容認するほど日本国民が寛容になったとは思えない。これは決して、ケチな島国根性ではなく、みずからの生命、健康にかかわる一大事であり、払った税金と保険料の適正な使途を求める当然の見識であろう。
 
 国と業界が、医療ツーリズムを発展させたいなら、これ専用の施設、設備などを新たに用意し、そしてスタッフをすべて自前で養成してから、言い換えれば「医療ツーリズム専任医師・看護師・薬剤師、等々」を育てるなど、受け入れ態勢基盤を整備して始めるべきであろう。
 
 
 アジア諸国では、医療ツーリズムが盛んで、今、日本もこれに参入しないと「乗り遅れる」と声高に話す人もいる。何に乗り遅れるか、遅れてどうなるかは、しかし、定かではない。
 
 高度成長時代がすでに大過去の部類に入り、追いつき追い越せも達成した。乗り遅れることを心配する諸外国との競争からは卒業し、自国民の穏やかで豊かな暮らしのために知恵を絞ることが、大人になった日本の行く道ではないだろうか。
 
 
 
---片桐由喜 (小樽商科大学商学部 教授)

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