コラム

    • 遺伝子変異解析の促進

    • 2011年11月15日2011:11:15:00:05:00
      • 岡光序治
        • 会社経営、元厚生省勤務

■イレッサ

 
 がん細胞の増殖にかかわる一部の分子のみをターゲットとする分子標的治療薬がある。これは、がん細胞のみに効果を示し、副作用が少なく、強い抗腫瘍効果が得られる、というものである。
 
 その1例に、2002年7月、世界に先駆け、日本で承認された肺がんに対する治療薬であるゲフイニチブ(銘柄名 イレッサ)がある。
 
 使用結果は劇的な効果を上げる一方、効かない患者に投与し続けると死に至る副作用があると報告された。すなわち、肺がんにおける上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子の変異が、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)であるゲフイニチブ(イレッサ)の抗腫瘍効果と強い相関関係があることがわかってきた。つまり、効く人と効かない人でがんのDNAの一部に違いがあり、EGFR遺伝子に変異があるケースはイレッサの効果があり、K-ras遺伝子に変異があるケースは奏功しないことがわかってきた。効く人ではイレッサはがん細胞が増殖するために出すシグナルをブロックしがん細胞の増殖をできなくするわけである。
 
 個人によって遺伝子のアミノ酸配列に違いがありその個所をスニップ(SNP)と呼ぶが、SNPを調べることで事前に効くかどうかの判断ができるわけである。
 
 こうしたことから、今日では、実地臨床の場においては、EFGR、K-ras遺伝子の変異解析が行われるようになり、イレッサの適切な使用が図られるようになってきている。
 
 しかし、日本における現実は、毎年の新規肺がん発生患者10万人に対し、遺伝子の変異解析検査が行われているのは4~5万人とのこと(専門家から聴取)。
 
 この差の評価は専門家に待つとしても、わが国においてこの分野が欧米に遅れていることは明らかである。その遅れの要因として、国民の遺伝子診断への不安及び個人情報の保護、遺伝子診断にかかる法基盤の整備の遅れの存在が考えられる。
 
 

■個の医療

 
 鎌滝哲也先生によると、1993年発表のアメリカの調査によると、全米で約200万人の患者が薬の副作用で入院し、そのうち10万人が死亡。この死亡者数はアメリカの死者数順位の4~6位に位置し、交通事故の死亡者数に匹敵するという。
 
 そもそも、薬は腸管から吸収、吸収された薬は血中に入る。血中では血液に含まれるタンパク質に結合。血液に乗って薬が肝臓に達すると肝臓の細胞中に取り込まれ、肝臓に存在するさまざまな酵素によって解毒的な代謝を受ける。代謝産物は水に溶けやすくなり、再び血流に乗って腎臓に運ばれ、尿中に排泄される。
吸収や排泄の個体差は少なく、代謝に個体差が大きい、とのこと。
 
 薬の代謝には、多数の酵素が関与し、そのうち遺伝的な多型が臨床的に意味を持つ酵素が相当数発見されている。
 
 同じ薬を同量投与しても患者によって効きすぎたり効かなかったりするのはこうした酵素のタイプの違いによる。だから、個々の患者についてその遺伝子多型情報を読み取り、最適な医薬品と最適処方量の情報が得られるシステムの開発が必要なわけである。あわせ、臨床現場においてあたかも”家の鍵をかけるくらい簡単“(Turn‐key‐technology)に検査ができ即時に医師の診断ないし治療を行う助けとなる技術(Point of care technology)(POCT)である必要がある。これには、試薬、装置、データベースの3要素を考えなければならない。
 
 

■アルコールの強弱判定のキット

 
 具体例といえるかどうかはわからないが、広島の1企業がアルコール診断キットを開発し臨床の場で使えるようにしようとしている。
 
 エチルアルコールは小腸から吸収、肝臓内のアルコール脱水素酵素によりアセトアルデヒドに変換。アセトアルデヒド脱水素酵素により酢酸に変換。酢酸は二酸化炭素と水に分解され、尿中に排出される。アセトアルデヒドを酢酸に変換する酵素のなかにSNPがあり、両親から受け継いだタイプにより、両親からともにアセトアルデヒドを分解する能力が普通の酵素を引き継いだ酒に強い人、両親からともに分解能力の低い酵素を引き継いだ飲めぬ人、それぞれの親から普通の酵素と能力の低い酵素をもらったやや強い人の3種類に分けられる。(いずれにしても飲みすぎは禁物だが)
 
 アルコールと上手に付き合うためには、自分のSNPのタイプを事前に知り、飲めぬタイプの人はそれを前提に付き合い、やや強い人は自分の限界を知ったうえで賢く付き合う必要がある。
 
 近時、職場環境の厳しさが増す中、アルコールに逃れようとするケースがままあり、自分の体質を知らないままに体調を崩し社会に適用できなくなる例もある。また、やや強いタイプが飲酒を生活習慣とすると、特定のがんの発生率が著しく上がる傾向も指摘されている。
 
 こうした不幸を未然に防ぐ手段としてこのキットが臨床の場で活用され適切な飲酒の指導、生活習慣の改善に使われることが期待されるのである。
 
 そして、このようなPOCTがもっと開発され、身近なものになることを願うものである。
 
 
 
--- 岡光序治(会社経営、元厚生省勤務)

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