コラム

    • 社会保障と税の一体改革の行方

    • 2012年01月24日2012:01:24:00:05:00
      • 河合雅司
        • ジャーナリスト

 

 政府・与党が昨年末、「社会保障と税の一体改革」の素案をまとめた。消費税増税反対派の一部が民主党を離党する騒動にまで発展したが、野田佳彦首相が押し切った格好だ。
 
 しかし、これで与党内が「消費増税」でまとまったわけではない。関連法案を国会提出する前には、再び増税反対の大合唱が巻き起こるであろう。自民党や公明党も「マニフェスト違反だ」と反発しており、現時点(2012年1月)では改革の行方は全く見通せない。
 
 ところで、肝心の中身は改革の名に値するものとなったのだろうか。消費税率の引き上げは、多くの内閣が先送りしてきた難題である。少子高齢化の進行や国家財政が危機的状況にあることを考えれば、「2014年4月に8%、15年10月に10%まで引き上げる」と明記したことは前進だ。しかし、詳しくみれば問題点は少なくない。すべてを取り上げるわけにはいかないので、今回は3点に絞って説明したい。
 
 第1の問題点は、急増する年金・医療・介護を「少子高齢化に耐えうる制度に改める」という大命題がまたも置き去りにされたことだ。
 
 なぜ、いま社会保障と税の一体改革なのかと言えば、団塊世代が高齢化し、本格的な少子高齢時代を迎えるからである。高齢者が毎年100万人ずつ増え、制度の支え手となる勤労世代は100万人ずつ減る。このような状況で、社会保障制度をやりくりしようと思えば、給付対象を絞り込み、制度をスリム化するしかあるまい。それでも足りなかったり、新たなニーズが生じた場合に新財源を確保というのが順序であろう。
 
 ところが、民主党は社会保障への切り込みをするどころか、年金の支給開始年齢の引き上げや70~74歳の医療費窓口負担の2割への引き上げなど、負担増や給付抑制につながる改革項目を次々と先送りし、給付増となる項目を優先した。
 
 民主党内から聞こえたのは「消費税増税に加えて社会保障の抑制というダブルパンチになったのでは、有権者に説明できない」という声だ。目先の選挙を心配して、なぜ改革が必要なのかを説明することから逃げたのである。これでは、制度の破綻懸念は払拭されず、すぐにでも消費税の再引き上げ迫られることになるだろう。
 
 第2の問題点は、民主党がマニフェストにこだわって、どさくさ紛れのように財源のあてなき改革メニューを詰め込んだことだ。一つは最低保障年金を柱とする新年金制度だ。来年、法案を提出するとした。もう一つが後期高齢者医療制度を廃止して新制度を創設することである。こちらは今年の通常国会に法案提出するという。
 
 どちらも民主党マニフェストの金看板である。しかし、今回の素案で想定している5%の消費税増税分には、これらに充当するための財源は当て込んでいない。実現しようとすれば別途、消費税を引き上げるなどの新財源確保が必要となる。民主党政権が最終的に消費税を何パーセントまで引き上げるつもりなのか、さっぱり分からない。
 
 そもそも、これらは巨大な財源を要するため、棚上げにされてきた。それを、急きょ政治スケジュールに上げたのは、マニフェストにない消費税増税を優先することへの言い訳だ。慌てて、「金看板政策も忘れたわけではありませんよ」と言い繕っている印象である。
 
 しかし、これらは空手形に終わる可能性が大きい。民主党は制度の細部の設計を詰めてきていない。ある民主党幹部に至っては「今回の社会保障の改革メニュー地味なものばかり。国民にアピールするための見せ玉が必要だ」と本音を明かす。
 
 第3の問題点は、野田政権が、消費税をあたかも「社会保障目的税化」するような幻想をふりまいていることだ。安住淳財務相などは「百パーセント完全目的税化する」と説明しているが、この説明はかなり怪しい。
 
 当初、政府は、引き上げ予定の「5%」の使途について、「社会保障の機能強化に3%、機能維持に1%、増税に伴う社会保障支出等の増に1%」という説明をしていた。
 
 「増税に伴う社会保障支出等の増」というのは、増税に伴い政府の物品調達費用が増大する分のことである。しかし、その大半は公共事業や防衛、教育など社会保障費以外に使われることになっていた。実に増税総額の1割にあたる1・3兆円に及び、さすがに民主党内からも「社会保障以外に使うのはおかしい」との批判が噴出した。
 
 そこで、政府は先日、慌てて「社会保障の充実に1%、現行の社会保障の安定化のために4%を充てる」と説明内容を変更したのだが、それでも怪しさは払拭できない。
 
 「社会保障の安定化」される4%には、高齢者の実数増に伴う社会保障費の「自然増」を賄うための財源や基礎年金の国庫負担を2分の1にするための財源が含まれる。
 
 社会保障費は現行制度の維持だけで毎年1兆円超のペースで膨らみ続け、政府はその財源確保に頭を痛めてきた。基礎年金財源も毎年2・6兆円必要だ。増税すれば、これらの財源にメドがつくことになる。財務省に近い議員からは「基礎年金と『自然増』の安定財源さえ確保できれば、今回の改革は大成功だ」との声さえ漏れるほどだ。
 
 しかし、自然増と基礎年金の国庫負担は、これまで他の財源で賄ってきたのを、単に消費税に置き換えるだけの話である。つまり、サービス内容が向上するわけではない。
 
 さらに、この4%には、「赤字国債で賄っている部分について置き換え」分も含まれる。野田政権はこれを「将来世代の負担軽減」と説明するが、簡単に言えば赤字国債の穴埋めということであろう。それを社会保障の安定と直接結びつけるのは、いささか強引だ。
 
 「増税に伴う物品調達の増大分」についての変更後の説明も曲者だ。批判をかわすため、社会保障に関するもののみに消費税を充てるとした。では、それ以外の政府調達の増加分をどうするかと言えば、消費税以外の税収で賄うということになる。要するに、政府の新たな説明は国民の懐から支出されたお金をグルグル回しているだけの話で、結局は純粋に社会保障の拡充のために使われるのは消費税1%分でしかないことに変わりはない。しかも、消費税は地方にも配分されるが、地方が増税分を必ず社会保障のために使うかどうかは、政府のコントロール外の話だ。
 
 以上、引き上げ予定の5%分を政府がどのように使おうとしているのかを見てきたが、財務省は「財政再建のための増税」というと国民の理解が得にくいと考えて、社会保障をダシに使ったのであろう。だが、こうしただまし討ちのような姑息なやり方は国民に見抜かれる。結局は反発を呼び、「消費税増税はやむなし」と思っている人にまでも不信感を与える。日本の財政事情をきちんと説明する努力をするほうが、よほど理解を得られるというものだ。
 
 このように改革素案はいくつもの政治的打算やごまかしの上に成り立っているが、一体改革の行方は最終的にどうなるのだろうか。
 
 野田首相は今月13日の内閣改造で、岡田克也・前民主党幹事長を副総理に据えて、“増税推進シフト”を鮮明にした。「消費税増税の前に議員定数や公務員人件費の削減をすべきだ」という世論が強いことに配慮し、岡田氏に行政改革の推進を期待してのことだ。
 
 しかし、代替案も示さずに批判を繰り返す与党内の反対勢力と、政策論争ができるとはとても思えない。議員定数の削減は議員個々の思惑が錯綜し、公務員人件費の削減には民主党の支持母体である労組の抵抗が予想される。もし、野田政権がひるんで「身を切る改革」が実行できなければ、急速に国民の支持を失い弱体化するであろう。
 
 身を切る改革に突き進んだとしても、野党の協力を得ることは極めて困難だ。自民党の谷垣禎一総裁は、解散・総選挙に追い込めなければ、総裁としての求心力を失う瀬戸際におり、政治的妥協は期待できない。むしろ、来年度予算の関連法案の参院での否決や首相への問責決議案など、揺さぶりをかけ続けるであろう。
 
 まさに四面楚歌の野田首相だが、消費税増税について大真面目である。法案が成立しなければ、民主党分裂を恐れず、消費税を争点とした解散を断行するつもりであろう。
 
 これまでの政界の常識では、消費税増税を訴えての勝利などあり得なかった。だが、欧州の経済危機を目の当たりにして、いまや消費税増税に否定的な世論ばかりでもない。自民党内でも消費税の賛否は分かれており、政界再編の幕が開く可能性もある。世界各国のリーダーが変わる2012年は、日本においても政治の大一番が見られる予感がする。
 
 
 
---河合雅司 (政治ジャーナリスト)

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