コラム

    • サービスの対価

    • 2012年02月07日2012:02:07:00:05:00
      • 片桐由喜
        • 小樽商科大学商学部 教授

 

■北海道の冬道

 
 今冬の北海道は久しぶりに寒さ厳しく、雪も多い。このような北国の暮らしでの大きな問題の1つは、道路事情である。国道などの幹線道路はともかく、雪で道路はデコボコ、道幅が狭くなり、2車線は1車線となる。道路と歩道の境に高い雪山ができて、視界が遮られ、車も歩行者もお互いがよく見えない。なにより、道路が滑り、思うように車を制動できない。スリップ、追突はよく見る風景である。
 
 だから、私のように運転が得意でない者は、冬期間、バスやタクシーに乗って用をすます。しかし、雪が降ったから、道路が滑るからといって運転を避けることのできない人々がいる。タクシーやバスの運転手、宅配等、輸送トラックを運転する運転手などである。本州の人であれば信じられないような大吹雪の中、彼らは車両を運転し、業務をこなす。
 
 こんな冬の日にタクシーを利用し料金を支払うとき、自宅に届けられる荷物を受け取るとき、彼らに支払う代金はその役務に対する対価を意味するだけでなく、私が危険な目に遭遇しないという利益、つまり安全の対価でもあると思う。言い換えれば、代金には車両代、ガソリン代、人件費など目に見えるものだけではなく、安全、危険代行といった価値も含まれているということである。
 
 モノやサービスの値段は、こうした可視化されない価値が付加されて設定されるのだろう。
 
 

■医療サービスの場合

 
 体調が悪い時やケガをしたときに私たちは病院へ行く。病院では、不調の原因を検査などで探し、それに合った施術、投薬などの治療を行う。その結果、快方に向かい健康を取り戻すこともあれば、そうならない場合もある。後者の場合であっても、窓口で医療費の自己負担分を支払う。
 
 医療サービスの値段は、したがって回復、治癒の結果に関係になく計算され、サービスの受け手である患者は費用支払義務を負う。すなわち、医療サービスの代金は一連の診察・治療行為に対する対価である。これは上述の例での運送、輸送行為に該当する。そして、この例では、費用に安全という目に見えない価値が含まれていると述べた。では、医療サービスの場合には、どんな価値が含まれ、対価として私たちは何を得ているのだろうか。
 
 

■希望と安心

 
 病気になった時、苦痛の原因がわからないことが最も辛いことの1つであると思う。この「わからない」という状況ほど、人を不安にさせるものはない。原因は判明したが、その治療法がわからない、あるいは現時点では存在しないと明言する方が、まだ、不安の度合いが小さいという人は少なくないだろう。
 
 病院などで検査をして病気や苦痛の原因を知ることによって、仮に絶望が同時に生じるとしても、不安から解放され、安心を得ることができるのではないだろうか。つまり、私たちは医療サービスを通して不安からの解放、すなわち安心や将来への希望、展望を得ることができるといえる。これら安心や希望という価値を医療費の対価として私たちは得ている。
 
 

■看護職からの安心

 
 診察や治療の場で主導権は医師が有する。他方で、彼らを補助する看護職もまた医療サービスを提供する過程で、患者に対し不安の除去や安心を与える重要な役割を果たしている。
 
 私ごとで恐縮であるが、10年前に生まれて初めての胃カメラ検査を留学先のソウルで受けた。留学間もない頃で、体調に関する語彙はないに等しい状況で胃カメラ検査を受ける私の不安は想像に難くないと思う。カメラ挿入後、あまりの苦痛に自分でカメラを引き抜きたい衝動に駆られたが、それを我慢させたのは、そばにいた看護師の励ましであった。
 
 カメラ挿入と同時に手を握り、そして直ちに「はい、すぐ終わりますよ。大丈夫、リラックスしてください。はい、あと少し、頑張りましょう。もう、終わります」と検査の間、ずっと、背中をさすりながら声をかけてくれた。外国人の私がどれほど不安に思っているかを慮って、そして、医師が検査を続けることができるように、支えてくれたのであった。
 
 彼女の言葉は私から不安を取り除き、あと少しで終わるという展望を与えてくれた。この看護サービスに支払う対価には、患者への安心感と展望の付与が間違いなく含まれている。 
 
 

■まとめにかえて

 
 病める患者に安心や将来への希望を保障することは、治療行為と同じ程度に不可欠である。このことは、これらを患者に与えない医療サービスは患者の満足度が低くなることを意味する。
 
 安心や希望を与えることは、もちろん、専門知識や技術の裏付けがあって初めて可能であることは言うまでもない。しかし、それだけでなしうるものではなく、病める人間に対する思いやり、想像力といった資質も求められる。医療は医学の社会的応用といわれ、実験室で求められる能力とは異なる能力が必要なのである。
 
 こんなに偉そうに書くのだから、では、大学の場合、授業料の対価として知識の提供のほかに何を、どんな価値を学生に与えるのかと問われるのかもしれない。これに対する回答は紙幅の都合上、別稿にゆだねたいと述べて、ここでは棚上げさせていただく。これを今年の宿題として、学生と向き合うごとに考えたい。
 
 
 
--- 片桐由喜 (小樽商科大学商学部 教授)

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