コラム

    • SARSを超える新型コロナウイルスのパンデミック脅威

    • 2012年12月18日2012:12:18:09:00:05
      • 外岡立人
        • 医学博士、前小樽市保健所長

 

 本年9月20日、新型コロナウイルスによる急性腎不全を合併する重症肺炎患者の発生が、WHOから報告された。
 
 そして今日まで、サウジアラビア、カタール、そしてヨルダンで9例の患者が報告され、その致死率は50%と記録されている。
 
 先のWHO伝染性疾患対策責任者で、現英国健康保護庁長官であるデービッド・ハイマンは、「非常に重症な感染症だ。H5N1鳥インフルエンザの危険度のカテゴリーに入れるべきものだ」と表現している。
 
 

■新型コロナウイルスの特徴

 
 この新型コロナウイルスは、2003年に流行したコロナウイルスの一種のSARSウイルスと近縁であるが、遺伝子構造には違いがある。
 
 SARSウイルスの起源は、コウモリを感染宿主としたコロナウイルスであるが、その後変異してジャコウネコなどに感染するようになり、さらに人にも感染する変異型が誕生して、先のSARSの流行となった。
 
 SARSウイルスは既にコウモリに感染する能力は失い、歴然とした人を感染宿主とするコロナウイルスに変異していた。一方、今回分離された新型コロナウイルス(hCoV-EMC)も、やはりコウモリを感染宿主としたウイルスが豚、そして霊長類に感染するようになり、そして人にも感染するするような変異を遂げたと推定されている。
 
 問題は、人に感染するようになった新型コロナウイルスが、未だコウモリや他の哺乳類にも感染する能力を保持していることである。
 
 これは、つい最近、ドイツとオランダの研究チームが培養細胞への感染実験で明らかにしたものである。元々の感染宿主への感染能力を保持したまま人を含む哺乳動物へ感染するという事実は、同ウイルスに対するリセプターを多くの哺乳動物(肺の細胞)が保有している可能性を示唆している。
 
 SARSウイルスの場合、人の肺の奥のリセプター、angiotensin-converting enzyme 2 (ACE2) receptor、を介して感染するが、新型コロナウイルスの場合は、全く別なリセプターを介するとされる。
 
 

■これまで確認された集団感染

 
 新型コロナウイルスはこれまで2か所で集団感染(クラスター感染)を起こしたことが確認されている。すなわち人人感染を起こした事実がある。
 
 1ヵ所はサウジアラビアの一家族内での集団発生である。5人の家族全員が感染し、3人が死亡している。この例では人人感染した可能性は高いが、ウイルス感染している他哺乳動物から感染した可能性は完全には否定できていない。
 
 しかし、もう一ヵ所のヨルダンの病院内集団感染では、明らかに人から人への感染が起きている。
 
 当事例は4月に起きたものであるが、ある病院内のICUで11人の重症呼吸器感染症が発生し、それも8人が医療担当者であり、そのうち2人が死亡していた。
 
 当時ヨルダンの保健当局では、カイロにある米海軍医学研究所(NAMRU-3)に依頼してウイルス検査を行っているが、既知のコロナウイルスやSARSウイルスは全て陰性であった。
 
 しかし、10月に新型コロナウイルスが発見されたことから、ヨルダン政府は再度NAMRU-3に保存検体の検査を依頼したところ、2検体(死亡例)で新型コロナウイルスが同定された。
 
 これまでWHOが把握していた情報では、6月にサウジアラビアの男性が初の新型コロナウイルス感染者として(9月に確認)同定されていたが、ヨルダンの事例で、その2か月前には既に感染者が出ていたことが明らかとなった。
 
 しかしながら、ヨルダン保健省は、重症呼吸器感染症を起こした11人の詳細と死亡した2人以外のウイルス検査結果を発表していない。したがって、未だ集団感染の詳細には不明な点が残されている。
 
 

■後手後手の現状把握

 
 WHOの情報把握は全て後手後手となっている。これまで検査室で確定された感染者の報告は、サウジアラビア5人(3人死亡)、カタール2人、ヨルダン2人(2人死亡)である。しかし、これら中東の3ヶ国以外にウイルスが拡大していないとする根拠がないため、11月末に、地域を問わずに重症呼吸器感染症の集団発生が見られた場合は、即刻WHOに報告するとともにウイルス検査(WHO協力機関に検体を送る)、そして感染者の隔離と感染拡大の措置を図るように、ウエブでの通知が行われた。
 
 中東で上記3ヶ国に限ってウイルス感染が起きているとは考え難く、周辺国への感染拡大が危ぶまれる。さらには、10月末から11月にかけて行われたサウジアラビアのメッカにおける300万人もの大巡礼で、世界中から巡礼者が集まり、そして母国へ帰っていった事実から、WHOや公衆衛生専門家たちはウイルスの拡大が既に起きていることを懸念している。
 
 

■考えうる今後の対策

 
 当新型コロナウイルスによる重症呼吸器感染症の集団発生が中東以外の地域で発生していることが今後確認されたら、それはかつてのSARSと同じように、パンデミックの始まりを意味する。
 
 そうした意味では、当ウイルスの監視体制は強化される必要があると同時に、もしパンデミックの予兆があった場合を想定して、感染予防対策の強化を図る必要がある。
 
 なお、発病した場合の致死率について現時点では50%とされているが、最近、ドイツの研究チームがウイルス感染があったことを確認するための血中抗体を測定方法を確立した。この方法で実際の感染者数が確かめられると、真の致死率が判明することが期待されている。
 
 この新型コロナウイルス(hCoV-EMC)は、重症肺炎と急性腎不全を多くの例で引き起こすことから、もし集団発生が起きると、かってのSARSを超える怖い感染症となることは明らかである。
 
 WHOが各国へ警戒を呼び掛けているが、日本国内の医療機関や保健所に十分情報が周知されているか気になるところである。 
 
 
 
【引用文献】
 
 
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外岡立人(医学ジャーナリスト、医学博士)

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