コラム

    • アベノミクスに期待する?

    • 2013年02月05日2013:02:05:09:00:00
      • 森宏一郎
        • 滋賀大学 経済学系 教授

 

皆さんは「アベノミクス」に期待しますか? 
 
アベノミクスは論理的に正しいのか? 
実際に、アベノミクスが思い描く通りに経済が動くものなのか? 
冒頭の質問に答えるために、こんな疑問を持つかもしれない。 
 
しかし、実は、アベノミクスが機能するかどうかは、皆さんの「期待」にかかっている。 
本コラムでは、この意味を議論する。 
 
 

■デフレの方がよい?

 
簡単に言ってしまえば、アベノミクスとは、安倍晋三首相が打ち出すデフレ脱却政策のことである。なぜ、デフレは悪いのか? 
 
よくある議論では、デフレとは物価水準が下がることだから、基本的には暮らしが楽になっているはずだ。もう少し正確に言えば、物価水準の下がり具合と自分たちの給料の下がり具合とのバランスで決まる。通常、給料は下がる方向に対しては負荷が大きく、最低賃金に関する法律も存在するので、相対的には物価水準よりも下がりにくい。そうだとすると、この論法では、デフレは問題がないということになる。 
 
同じ論法で考えると、逆にインフレになると、労使交渉における雇用側と被雇用側の力関係を考えれば、給料は上がりにくいのだから、物価が上昇する分だけ生活が苦しくなるということになる。つまり、デフレよりも、むしろインフレの方が問題となる。もっとも、この論法は個人差が大きく、一般化は不可能である。 
 
しかし、マクロ経済全体を考える場合、極端なインフレを除けば、インフレよりもデフレの方が問題である。デフレになると何が起きるのだろうか。 
 
デフレは借金のコストを大きくする。今、ある代表的なモノの価格が100円だとしよう。今、無利子で100円借金したとする。次の期、モノの価格はデフレで80円になるとしよう。次の期、100円の借金を返済しなければならないが、借金返済の大きさをモノの価格で測ると、無利子にも関わらず、借金は1.25倍に膨らんでいる(スタート時点は100÷100=1だが、次の期には100÷80=1.25となる)。経済学では、この現象を「実質」利子率が高くなっていると表現する。 
 
借金の話と同様に、投資のコストも実質利子率で決まる。デフレになっていると、実質利子率が高いので、投資コストは高いということになる。今、設備投資をして、次の期から製品を市場で販売していくわけだが、市場ではデフレの影響を受けて製品価格は低下していっている。借金の例と同じで、この状況下では、回収すべき投資額は相対的に膨らんでいることになる。 
 
したがって、デフレが続くと、投資が大きく後退することになる。マクロ経済の需要面は、消費、民間投資、政府支出、輸出-輸入だが、この中の民間投資が落ち込むことになる。投資が落ち込むと、企業活動も縮小し、企業で働く人々の給料にも少なからず悪い影響が出てきて、消費も落ち込むことになる。こうして悪循環が形成されて、経済全体が落ち込むことになるわけである。単純に、懐具合と物価を比較すればよい問題ではないのは明らかである。 
 
 

■デフレと円高

 
デフレと円高も密接に関係している。そして、円レートは、上記の輸出-輸入に影響を与えるので、やはりマクロ経済の水準に多かれ少なかれ関係してくる。本稿では、わかりやすくするため、円レートは対米ドル円レートのこととする。 
 
簡単に言えば、円レートは、日米金利差の変化と日米インフレ率差の変化に対応して、変化する。日米金利差が一定と仮定すると、相対的に日本のインフレ率が米国のインフレ率よりも小さくなる場合、円の方がドルよりも多くのモノと交換できるようになるという変化を意味しているので、円の価値が高くなり、円レートは円高になる。 
 
日本は2000年代に一貫してデフレ(インフレ率のマイナス化)傾向となり、米国に比べて相対的にインフレ率が低下してきた。この変化に対応して、円レートも中長期的に円高へとシフトした。 
 
読者の中には、為替相場は投機筋が多く入っており、そんな単純な構造で決まるようなものではないと思われる方もいるだろう。短期的には、そのとおりだが、中長期的トレンドについては、円レートは金利差の変化とインフレ率差の変化で説明可能である。この点については、例えば、岩田規久男(2011)『デフレと超円高』講談社(講談社現代新書)を参照。 
 
したがって、デフレから脱却できれば、トレンドとしての円高からの脱却を通じて、マクロ経済に好影響をもたらすことができるということになる。 
 
 

■アベノミクス実現への道

 
日本経済にインフレを起こすためには、経済の中を流通する貨幣量を増やせばよい。貨幣の供給量が増えれば、貨幣の価格は低下するからである。つまり、貨幣の価値が下がるのだから、物価水準が上がるということになる。 
 
そのために、アベノミクスでは、政府債を発行して、日銀に政府債を引き受けさせることを通じて、経済に貨幣供給量を増やすというわけである。つまり、日銀から貨幣を吐き出させるというわけだ。この方法自体についての議論は本稿では行わないが、理論的に言えば、この方法を通じてインフレを引き起こし、経済を浮揚させられる可能性がある。 
 
しかし、単純に貨幣供給量が増えれば、貨幣供給量の増加そのものによって、自動的にインフレが起きるというわけではなさそうなのである。日銀からの貨幣供給量が増えても、貨幣保有の需要が強いと、経済の中を貨幣が流通しない。極論すれば、貨幣供給しても、増えた貨幣はタンス預金されてしまい、貨幣はちっとも使われない。実は、日本経済はそういう状態にもあると言われている。この点については、小野善康(2007)『不況のメカニズム―ケインズ「一般理論」から新たな「不況動学」へ』中央公論新社(中公新書)を参照。 
 
 

■期待こそが経済を浮揚させる! 

 
では、アベノミクスは機能しないのだろうか? 
 
理論においても、マクロ経済に対して政策が効果を持つためには、プラスの「期待」が形成されるかどうかがキーとなっている。単純に、因果を追いかけて、政策の良し悪しを議論するだけではダメなのだ。実は、良い関係がちゃんと連動していくかどうかは、有効な「期待」が形成されるかどうかにかかっている。 
 
そして、その説明パターンは、自然科学が得意とする因果説明ではなく、社会科学で頻出する意図説明になる。典型的な例としては、みんなが、ある株価が上昇すると予想すると、実際にみんながその株を購入して、結果的に株価が上昇するという説明スタイルである。ここでも同様の論理を考えなければならない。 
 
つまり、アベノミクスが打ち出されるとき、多くの人がインフレを予想し、実質利子率の下落と円安トレンドを期待すると、そのことを念頭に投資や消費行動を行うようになるからこそ、実際に国債の日銀引受を通じて増えた貨幣が経済を流通するようになり、インフレになるのである。 
 
現実に、アベノミクスが打ち出されたとき、期待感から、日経平均株価の上昇や円安化が起きている。テレビ番組などでは「期待感だけで、株価上昇や円安が起きているが、いかがなものか・・・」という否定的なニュアンスのコメントが聞かれるが、期待形成は、政策が効果を持ち、経済を浮揚させるためのキーファクターなのである。 
 
むしろ、重要な課題は期待を裏切らないことの方である。もし、デフレ脱却政策を撤回したら、今度は裏切られたという負の期待が形成され、逆の循環が生まれて、経済は一気に冷え込んでしまい、元の水準よりも大きく低下する可能性さえもある。そして、新たな政策案を発表し実行しても、一度裏切られたという思いから、二度と政策に経済が反応しないということもあり得る。この点については、アカロフ・ジョージ・A,シラー・ロバート・J(2009)『アニマルスピリット―人間の心理がマクロ経済を動かす』山形浩生(訳), 東洋経済新報社.が参考になり面白い。 
 
アベノミクスに期待し、安倍政権も我々の期待を裏切らない。こういう状態をぜひとも期待したい。
 
 
 
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森宏一郎(滋賀大学国際センター 准教授) 

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