コラム

    • マーケットでさ迷うアベノミクス

    • 2013年06月18日2013:06:18:09:05:00
      • 宇和吾郎
        • ジャーナリスト

昨年12月の衆議院選挙で勝利した安倍首相が打ち出したアベノミクスの行方が日本のみならず世界からも注目を集めている。
 
安倍首相は、三つの矢で日本をデフレから脱却すると宣言した。第一は大胆な金融政策、第二は積極的な財政出動、そして第三は成長戦略の推進である。
 
第一の金融政策については、ノーベル賞経済学者のスティグリッツ教授など世界に名だたる経済学者も、賛意を表している。浜田宏一イエール大学名誉教授がアベノミクスのシナリオライターであることは今や周知の事実だが、海外経験が長いだけに、市中にマネーを大量に供給して経済を活性化させるというFRB(連邦準備理事会)など欧米の中央銀行がリーマンショック後に取り入れている金融政策を日銀に導入させた功績は大きい。
 
浜田氏はたぶん黒田日銀総裁の人選にも関わったとも思われるが、その黒田総裁が4月4日に打ち出した異次元の金融緩和策が、アベノミクスの第一の矢だ。
 
それをきっかけに昨年11月から上昇してきた日経平均株価は弾みがつき、5月には1万6000円をうかがう水準まで急騰した。
 
第二の矢である積極的な財政出動も、緊急経済対策として総額10兆円強の巨額な規模になり、あとは実行を待つのみだ。
 
 

■株式市場での宴は終わった?

 
ところが、肝心の株価が5月23日に1100円強、30日に700円強と暴落し、さらに6月に入っても下げ止まらず、市場にはアベノミクスの成否を問う声がでているのも事実である。
 
この急落を理解するのは、いまの株式市場をグローバルの視点で考えることが不可欠だ。かつて日本の株式市場の主役は、個人以外では、年金や生命保険などの機関投資家であり、事業法人といわれる企業であったが、いまは株式売買金額の過半を外国人投資家が占め、様変わりになった。外国人が買い越せば上り、売り越せば下がるというパターンである。この外国人によって、日本の株式市場は支配されているといっても過言ではない。そして、外国人で主導的な役割を果たしているのがヘッジファンドである。
 
彼らは、オイルマネーなど世界の富裕層からだけでなく、資金運用を担っている年金や銀行も含めた機関投資家などから資金を集め、先物市場や為替市場をにらみながら、コンピューターを駆使した秒速の高速売買で利益を狙ってくる。マネーマーケットの世界では、買いであり、売りであっても儲けという実績を上げたものが勝者になるのが冷厳なる事実である。
 
昨年秋からのアベノミクス相場も、円安と株高が同時進行した。そのきっかけは、やはりヘッジファンドの動きであった。かの有名なジョージ・ソロスなども、そのグループのリーダー格だろう。
 
デフレからの脱却を目指した大胆な金融緩和策は、円高是正=円安とみて、まず為替市場に海外の投機筋は大量のマネーを投入してきた。
 
 

■アメリカにとり都合のいい為替相場

 
経済の教科書では、為替は貿易収支や資本収支などのその国の経済実態を反映するとしており、マスコミもこれに沿った記事を載せてきている。
 
しかし、残念ながら、過去の例をみると、為替市場ではそうした経済実態の動向と一致するケースが少ない。むしろ、ここ数年間の急激な円高を見ると、その裏側には経済を再生させたいがためにドル安を目指した米国の意図が透けて見える。日本は米国にとって都合のいい国なのである。
 
ユーロもしかりである。ユーロの盟主であるドイツにとって、経済破綻したギリシャを救うという問題に取り組みながらながら、その帰結としてのユーロ安でベンツなどのドイツ企業は潤うという都合のいい果実を得てきているのである。極論すれば、ユーロ危機が喧伝されればされるほど、ドイツはほくそ笑むことになる。
 
ヘッジファンドの連中は、その国の経済実態の動向もさることながら、中央銀行などの金融政策の担い手が、どれだけの覚悟でその政策に取り組んでいるかの“本気度”を厳しく見る。
 
昨年秋の状況を振り返ると、米国経済は住宅着工などの景気指標が上向きになってきたうえに、FRBのQE3の浸透やシュエールガス革命などに後押しされてNYダウ株価が上値を追ってきていた。そのタイミングで安倍政権が誕生し、大胆な金融緩和に踏み切らない日銀総裁は退場してもらうなどの強いメッセージを出した。そこにヘッジファンドが目をつけ、円や日本株で利益をえるチャンスとばかり、動いてきたのが真相だろう。
 
ヘッジファンドの規模は、2兆ドル(200兆円)ともいわれており、その運用手法は、比較的コントロールしやすい先物相場を上げ、現物相場を誘導するというものだ。
その意味では、5月までの株式の上昇相場は、ヘッジファンドがアベノミクスを利用し、アベノミクスも株高を利用して日本国中に「日本は復活する」との夢を振りまき、両者にとってウインウインの幸せの期間だったといえる。
 
 

■日本は変われるのか

 
しかし、その第一幕は下り、次のステージに移ろうとしている。
 
第二幕のテーマはアベノミクスの夢が現実化するかである。6月に安倍政権は、第3の矢である成長戦略を発表し、日本経済復活へ向けて具体的実践段階に入る。すでに、女性の活用や都心の容積率の緩和などを柱とする国家戦略特区などを打ち出してはいるが、税制や規制改革のカナメである法人税減税や農地の自由化などは見送りになっている。安倍政権は、マーケットの急落をみて、成長戦略の第二弾と名付けてこの秋に投資減税を導入すると宣言しているが、その具体的内容は明らかになっていない。マーケットはアベノミクスの成長戦略に対して「官僚の作文の域を出ていない」とみなしているのである。
 
日本経済新聞によれば、FRBのQE1、QE2、QE3によって生み出されたワールドマネーは、いまやリーマンショック後、4兆ドル(400兆円)増えて、約6兆ドル(600兆円)になっているという。これだけのマネーがヘッジファンドなどに姿を変えて世界を徘徊しているのである。何かきっかけをつかめば、その市場に奔流となって流れ込む。
 
「日本は本当に変われるのか」。海外から常に突きつけられているこの疑問に、YESという兆しを感じた時に、世界のマネーが再び日本の市場に流入してくる可能性があるが、その確率を50%以上ととらえるのは危険だろう。
 
 
 
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宇和吾郎(ジャーナリスト)

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