コラム

    • 待ち時間

    • 2013年07月09日2013:07:09:09:05:00
      • 片桐由喜
        • 小樽商科大学商学部 教授

 

■イギリスの誇り、NHS

 
 今年2月、イギリス医療保障制度改革を調査するために訪英した。イギリス医療保障制度と言えば、かの有名なNHSである。NHSは、我が国とは財源調達(日本は社会保険方式、NHSは税方式)、医療へのアクセス方式(日本はフリーアクセス、NHSはかかりつけ医(以下、GP)の紹介状が病院受診に必須)等々、多くの点で異なる。
 
 NHSの特徴は全国民が無料で医療サービスを受けることができることである。ただし、この代償として、診察を受けるまでの長い待機期間があり、これがNHSに対する批判的な評価の一因となっている。
 
 もっとも、この待機期間はブレア首相が率いた前労働党政権時代に相当程度、短縮され、現キャメロン連立政権も、待機期間短縮のための改革を推進している。
 
 

■GP診察室にて

 
 今回の訪英中、ある診療所内でGPが患者を診察する様子の見学を許された(もちろん、患者の承諾を得ている)。3日間、しゃっくりが止まらないという男性患者に対し、GPは当日の病院の外来予約をとり、患者は直ちに病院へ向かった。あるいは、膝が痛いという女性患者に対しては、1週間後の病院外来予約が伝えられた。
 
 1日だけ、1人のGPだけの診察の様子を見て、すべてがそうであるとは言えないと前置きをしたうえで、それでも、最近は、治療の必要度が高い場合には待ち時間なく病院での受診が可能であり、また、一定期間、待つとしても患者が容認できる程度の待機期間に短縮されているといえるだろう。
 
 イギリスの場合、GPが活動する診療所も、二次医療を提供する病院も原則、予約制である。したがって、診療所や病院の待合室で1時間も2時間も待つということはない。私が見学した診療所はGPが4人、看護師が3名おり、待合室には常時、5~7人の患者が待っていた。彼らの待ち時間は長くても15分程度である。かといって、3分診療というわけもない。ちなみに、GPらは患者一人あたりの診察時間を10~15分として予約をいれている。
 
 ゆっくり診ても(このことは、GPが診察する患者の数がそれほど多くないことを意味する)、患者の待ち時間は短い。この秘訣は何か。
 
 

■イギリスの看護師

 
 日英の医療制度は相違点が多すぎて、単純な比較はできない。だからイギリスで見て、良い仕組みだからといって、日本への導入は容易ではない。その一つが診察と処方のできる看護師、ナースプラクティショナー(以下、NP)である。このNPこそがGP診療所での患者待ち時間短縮に貢献している。
 
 詳細は別稿に譲るとして(注1)、イギリスのNPはいわばミニドクター的な役割を果たす。患者に対する簡単な外科的処置、高血圧、糖尿病等、慢性疾患患者の診察と処方、避妊相談と、それに必要な病院紹介、比較的簡単な疾病についての継続的な処方箋管理などを担当する。
 
 待合室で待つ患者の半分は、GPではなく、NPの診察室へ入り、そこで看護師から診察、処置、あるいは処方を受け帰っていく。筆者はNPの診察にも見学を許されて、患者とのやり取りを拝見した。NPはテキパキと患者に対応し、必要な処置、助言、処方、あるいは病院紹介を行う。数人の患者たちに医師ではなく看護師から診察を受けて不安ではないか、医師に会わずに帰ることに抵抗はないかと聞くと、皆一様に看護師の診察で十分満足していると回答した。NP本人を前にしての質問であるので、多少は割り引いて受け止めなければならない。それでも、NPの対応に不安、不満があれば彼女たちに診察予約を入れることはないだろう。
 
 GP達にNPに任せることをどう考えるかと聞くと、彼女たちのおかげでより専門性を要する、あるいは、対応が困難な患者に時間をかけることができる、時間的な余裕ができて、バーンアウトしないで済む等、肯定的な返事であった。
 
 

■田舎の病院にて

 
 このゴールデンウィーク、両親の住む田舎に帰省した。母親を町内唯一の病院へ送っていき、お迎えコールを2時間待つが、来ない。業を煮やして病院へ行くと、待合室には患者があふれている。医師は一人で連休の間の平日に押し掛けた患者に対応している。見れば、大半は高齢者であり、おそらくは母同様、高血圧等の慢性疾患をもち、薬をもらうために来院し、診察を待っていると思われる。ちなみに、呼ばれて診察室に入っていった母は、わずか3分で出てきた。
 
 この病院の看護師がイギリスのNPのように慢性疾患患者に薬を処方することが可能であれば、薬だけ必要な患者にとっても、医師の診察・判断を必要とする患者にとっても、待ち時間は大幅に短縮するだろう。
 
 

■天才、御無用

 
 患者の9割はプライマリケアで対処可能であるとは日英、いずれの医療関係者も述べるところである。だからこそ、プライマリケアの現場や担当者が患者にとって心強い存在であることが求められている。プライマリケアが二次医療に比べて医療費が安く済むという、そんなケチな次元ではない。
 
 その現場で活躍する医師や看護師は、語弊を恐れずに言えば、アインシュタインやレオナルドダヴィンチのような天才である必要はない。標準的な医療知識と技術を習得し、誠実で良心的、気は優しくて力持ち、そんな医師や看護師を私たちは望んでいる。 
 
 現在、日本でも特定看護師という名称でNP類似の看護師の導入を検討している(注2)。彼ら・彼女らが日本の医療現場をより良くする契機となることを期待したい。
 
 
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(注1)白瀬由美香「英国におけるPhysician Assistant 導入とチーム医療」『日本外科学会雑誌』111巻1号(2010年)61~65頁、同「イギリスにおける医師・看護師の養成と役割分担」『海外社会保障研究』174号(2011年)52~63頁。
(注2)日経新聞2013年5月9日朝刊。
 
 
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片桐由喜(小樽商科大学商学部 教授)

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