コラム

    • パワーハラスメントによる自殺事案の一考察

    • 2014年10月21日2014:10:21:08:05:00
      • 尾畑亜紀子
        • 弁護士

1.はじめに

 
昨今セクシュアルハラスメントとともに、顕著な問題となっているパワーハラスメントについて、原審を変更して逸失利益を含めた多額の損害賠償を認めた判決(東京高裁平成26年4月23日判決)が下されたので、考察したい。
 
 

2.事案の内容

 
被害者Aは、海上自衛隊に勤務していた平成15年12月から海上自衛隊において勤務を開始した。当初のAの勤務態度はまじめで、教えられたことは何でもすぐに覚え、人間関係も良好であった。
 
ところが、遅くても平成16年春以降、直接の上司ではないものの、職場において「主(ぬし)」と目されて、上級者さえその行動には口を挟めない状況であった加害者Bから、様々な嫌がらせを受けるようになった。
 
具体的には、Bは、Aの仕事ぶりが気にくわないとか、単に機嫌が悪いときに、平手や手拳で力任せにAの顔や頭を殴打したり、足で蹴ったり、関節技をかけるなどの暴力を振るい、その回数は少なくとも10回程度に及んだ。また、Bは、単に機嫌が悪いとき、あるいは単にAの反応をおもしろがって職場内に持ち込んでいたエアガンを用いて頻繁に弾をAに撃ち付けた。当直時には、サバイバルゲームと称して、複数人で撃ち合い、命中させられた者は脱落するというゲームに強制的にAを参加させた。このような暴行により、Aの身体には、背中、肩、腕等にあざができていた。
 
一方、Bは、平成16年8月はじめころ、Aに対し、アダルトビデオの購入を迫り、購入代金を請求した。BがAに売りつけたアダルトビデオは合計100本に及び購入代金は少なくとも8~9万円に上った。さらに、Bは、Aがアダルトビデオの購入会員に登録されたなどと虚偽を述べ、脱会手数料として5000円が必要だと欺き、金がないというAから給料日以降に5000円を受領した。
 
かかるBの言動に対し、Bの上司らはAから申告を受けたり、エアガンを持ち帰るようBに対して指導したりしていた経緯があったものの、その余は何らの対応もせず、自らの上司に対して報告もしなかった。
 
Aは、かかる状況の中、平成16年3月頃から同僚や家族に対し、自衛隊を辞めたいという話をすることがあったが、もう少しがんばるよう励まされていた。また、同じくBから被害に遭っていた同僚が自衛隊を辞める際、「おまえが辞めたら俺死んじゃうかも」と漏らしたこともあった。同年6月頃、インターネットの自殺サイトで自殺の方法を調べ、周囲に「このまま死ねたら幸せだ」と述べたりすることがあった。同年8月頃からは、Bに対する強い憎悪をあらわにし、「生まれて初めて殺してやりたいと思った」と述べたこともあった。周囲の者の中には、Aに元気がないことから、自殺するかも知れないと思った者もいた。
 
Aは同年10月、自殺した。
 
 

3.原審横浜地裁及び東京高裁の判決

 
原審の横浜地裁は、BのAに対する暴行、恐喝と、Bの上司らの指導監督義務違反とAの自殺との間に因果関係を認めることができるものの、B及び上司らにおいて、Aの自殺について予見可能性がなかったとして、Aの死亡によって発生した損害については相当因果関係があるとは認められないとして、Bの暴行、恐喝によりAに発生した慰謝料請求のみを認めた。
 
これに対して東京高裁は、原審が下した慰謝料のみの数百万円の給付判決を変更し、国とBらに対し、Aの死亡による逸失利益を含め数千万円の損害賠償金を支払うよう命じた。
 
 

4.考察

 
東京高裁判決は、AとBは後輩と先輩という関係にあり、Bの暴行、恐喝が、AとBが勤務していた艦船内という閉鎖的な職場で繰り返されていたことを考慮してもなお、Aが自殺を決意することが通常生ずべき事態であったとはまでは言い難いし、Aが自殺当時うつ病を発症していたとまでは認められず、AがBの言動によって自殺をすることについて予見可能性が必要であると述べた。ここまでは原審の横浜地裁と同判断である。
 
ここから原審の横浜地裁は予見可能性がないと判断し、東京高裁は予見可能性があったと判断した。
 
東京高裁は、予見可能性があったことを認定する証拠として、Aの自殺後に作成されたAの自殺に関して関係者から聴取した結果をまとめた調査文書について、草案の段階に過ぎないから類型的に信用性が低いと主張した国の主張を排斥し、むしろ当時関係者から聴取した内容が、調整等がなされないまま書き留められているという点で、信用性が高い部分もあるとして、Aが自殺に至るまでの経緯を信用性の高いものと認定した。
 
このように、原審と高裁の認定の分かれ目は草案段階の報告文書に対する信用性の判断と思われる。
 
私見ではあるが、AとBの関係等を知る者が具体的に事件に関する知見を述べた事項が記載されているものである以上、それが正式な報告書の類でなくても、信用性については疑義がないように思われる。
 
 
 
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尾畑亜紀子(弁護士)

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