コラム

    • 米国シアトル紀行

    • 2015年10月06日2015:10:06:13:52:50
      • 森宏一郎
        • 滋賀大学 経済学系 教授

海外出張のために一年の半分ぐらいしか日本にいない人たちを知っているので、私は海外出張が多いとは言えないのだが、海外へ出かける機会が比較的多い。今回も海外紀行を書きたい。
 
この夏、学生が米国シアトルのソーシャル・ビジネスのインターン研修を行い、その様子を視察しに行った。ソーシャル・ビジネスとは、貧困、社会格差、福祉、教育、環境などの社会的な問題に継続的に対応する事業のことであり、利益追求を第一としない場合が多い。
 
本コラムでは、このシアトルへの出張機会で感じ考えたことについて、個人的経験や感想に基づいて書いていく。
 
 

◆市場の国

 
シアトルに出張するのに際して、いきなり「米国は市場の国だ」と驚いた。宿泊先を確保するときに、宿泊料金を見て、市場の国を実感したのである。
 
価格調整幅が非常に大きいのである。シアトルの仕事先はワシントン大学の近くであったが、冬場の宿泊料金の3倍ほどになっているところが一般的である。冬場の一泊の宿泊料金が1万円ほどだと、夏場は3万円ほどになっているということだ。
 
言うまでもなく、ハイシーズンになると、料金は高くなる。これは日本でも同じだ。ゴールデンウイークや年末年始を想起すれば、容易に理解できる。供給量に対して相対的に需要が大きくなるので、需給バランスを取るために価格が上昇するからだ。
 
だが、日本では特定の短期間だけの現象のような印象があり、冬期と夏期という幅のある期間については、これほどの高騰はないのではないか。加えて、シアトルでは、ビジネス用の宿泊施設を含めて、どこもだいたい同じような倍率で価格が上昇しているのである。
 
円安傾向の中、私から見て、もともとの価格帯が決して安くないうえに、これだけの価格上昇率なので、驚いたのである。
 
もちろん、夏場のシアトルへの旅行者数が非常に大きく増加した単純な結果なのかもしれない。しかし、日本ならば、ある程度の超過需要状態を許容し、ここまでの価格引き上げは行わないのではないか。特に、ビジネス客用の宿泊施設ならば。
 
少なくとも「アメリカは需要の変化に率直に価格を変更できる国だ」と感じた。結局、ワシントン大学近くの宿泊をあきらめて空港近くの宿泊施設を利用し、毎日90分程度かけてライトレールとバスを乗り継いで通勤した(写真1)。
 
空港付近の宿泊施設は、宿泊施設が多いこと(供給が大きい)とシアトルの中心地から離れていることによって、宿泊価格が比較的低くなっているのである。
 
【写真1.ダウンタウンの駅に入ってくるライトレール】
 
 

◆エメラルド・シティ

 
そんなわけで、公共交通を使っての90分間の通勤はシアトルの都市を見る良い機会になった。シアトルはエメラルド・シティと呼ばれる。水と緑が豊かな美しい都市(写真2)というのがその理由なようだが、もう一つ意味がありそうだ。
 
【写真2.シアトル中心部を望む景色】
 
それは、ボストン、シカゴ、ニューヨーク、ロサンジェルス、サンフランシスコなどと同様に、シアトルが再生エネルギーやグリーン・ビルディングを推進する政策を採用し、大気を改善するために都市内樹木やグリーン屋根や公園を増やし、自動車利用を減らすために公共交通や自転車道や歩道を積極的に整備しているからである(注1)
 
全く文脈は異なるが、シアトルが米国内では比較的公共交通が発達しているおかげで、私は通勤することで高い宿泊料金を避けることができたわけである。ライトレールだけではなく、バス網もかなり発達していて、やや複雑だが、利便性は十分に高かった。
 
空港からダウンタウンまでつながっているライトレールは快適で、10分に1本の割合で利用でき、利便性は悪くない。加えて、ライトレール内には自転車を積み込むためのスペースが用意されており、シアトルのグリーン政策が反映されている。
 
だが、自動車利用の抑制に大きく貢献しているとは言い難いようにも感じた。まず、利用者がそれほど多くないのである。個人的には快適だったが、通勤利用はむしろダウンタウンに近いエリアからが多く、空港に近いエリアからの乗車はそれほど多くないように見受けられた。
 
また、平日、空港付近からダウンタウンに向けた3車線の道路は渋滞するのである。さらに、空港からの利用について、旅行者でそれなりに混雑するのではないかと予想していたが、それほど多いわけではなかった。
 
確かに、空港の周辺にホテルが多いのは事実だが、自動車による移動が比較的多いのではないかと見られる。実際、空港の周囲には大型駐車場がいくつも存在しており、空港とはシャトルバスで結ばれている。
 
 

◆ソーシャル・ビジネスとその背景

 
今回の出張はソーシャル・ビジネスにおける学生のインターンを視察することだった。参加学生の英語力や実務経験の無さなどを考えれば、インターンだとしても普通の就業は難しく、アルバイトと変わらない体験となってしまう可能性がある。
 
しかし、就業先がソーシャル・ビジネスに特化していることによって、ソーシャル・ビジネスそのものや社会的問題を実体験を通じて考える機会を持つことができる点が良いのではないか。
 
例えば、スーパーマーケットと同じような仕事に従事しても、財・サービスの提供相手がホームレスや貧困層ということになれば、そこには通常の文脈での販売業とは異なる事情を学ぶことが必要となる(写真3)。
 
【写真3.慈善的に寄付された品物を搬入している様子】
 
上記のスーパーマーケットや、食事や寝る場所を提供する事業所などを視察して感じたのは、米国の効率的な競争社会の負の側面が出ているのだろうなということである。もちろん、社会的格差や貧困の問題は日本でも深刻であるが、米国はかなり深刻そうに見えた。
 
もっとも、その種の慈善的な社会事業がさかんなのも米国ということなのかもしれず、かえって負の側面が見えるように表面化しているのかもしれない。
 
他方、ワシントン大学の書店を訪れた時、決して本棚が豊富にあるというわけではなかったが、比較的最近出版された経済的社会的不平等度に関する本が経済の棚を二列に渡って占拠していたのを見つけた。社会的な関心が高いのは、問題の深刻さの裏返しだろうと思う。
 
 

◆おわりに

 
毎回、海外に出張すると、日常的な業務から離れて刺激を受け、色々と感じたり考えたりすることがあって楽しい。インターンに取り組んでいる学生の様子を見ていても、日本で日常的に大学に通学するときには無い多様な刺激を受けて、表情が生き生きとしているのが印象的であった。
 
他方、従事したソーシャル・ビジネスの位置づけや意味に対する興味関心や探究心が少し弱いところも見られたのも少しばかり気にもなった。もっと面白がれる学生が増えていけばよいと思う。
 
 
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注1:Fitzgerald, J.(2010). Emerald Cities: Urban Sustainability and Economic Development. Oxford University Press, Oxford.を参照。
 
 
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森宏一郎(滋賀大学国際センター 教授)

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