コラム

    • 苦情解決最前線

    • 2015年11月17日2015:11:17:08:20:14
      • 片桐由喜
        • 小樽商科大学商学部 教授

はじめに

 
「父が特別養護老人ホームに入所している。会いに行くたびに新しい職員がいて、職員の入れ替わりが激しい。そのせいか、慣れない職員が多く、介護が十分でない様子である。たとえば、介護もぱっぱと済ましているように見えし、そうかと思えば職員同士のおしゃべりが多い。気がついたことを指摘すると、うるさそうな顔をして聞いている。父が心配だ。」
 
このような不安、苦情はどこに言いに行けばいいのだろうか。虐待や年金搾取なら市町村や警察など訴える場所がはっきりしている。上記のようなモヤモヤしていて漠とした不安、不満は我慢するしかないのであろうか。
 

 

1 権利擁護システム

 
児童、高齢者、および障がい者は心身の能力が不十分であることから権利侵害を受けやすい存在とみなされ、彼らのための権利擁護システムが整備されている。代表的で、かつ、よく知られているシステムが成年後見人制度である。そして、もう1つの権利擁護システムが社会福祉法上の苦情解決制度である。
 
両制度ともに、2000年の介護保険法施行に合わせて導入されたが、苦情解決制度は成年後見人に比べて取り上げられることが少なく、知名度も低い。
 
 

2 苦情解決制度

 
社会福祉法は苦情解決制度を2系統、定める。1つは福祉サービス事業所内におく苦情解決体制(82条)、もう1つは各都道府県社会福祉協議会内に設置する福祉サービス運営適正化委員会である(83条。以下、適正化委員会。)。
 
前者は自分のことは自分で解決しましょうと言う、いわば自浄機能である。自前の苦情体制でトラブルが解決できたら、それに越したことはない。たとえば、冒頭の不安、不満を利用者の家族が率直に事業者に伝え、それを事業者が真摯に受け止めて、解決できれば大団円である。しかしながら、そのようなプロセスが容易ではないことをあらかじめ想定し、外部解決機関として適正化委員会が設置されている。
 
 

3 社会福祉ワールドの苦情申立

 
袋菓子に異物が混入し、その異物で口にけがをしたとき、製造企業にクレームを言うのをためらう人はいない。袋菓子を製造する会社は多く、苦情を伝えた企業に嫌われても平気だからである。一方、福祉サービス利用も現在、契約により始まる一種の取引であるが、袋菓子の例とは決定的に異なり、提供事業者のリアクションを気にせざるを得ない。
 
なぜなら、社会福祉施設の選択肢は限られているからである。文句があるなら出て行ってくださいと言われても、簡単に次の行き先を決めることが難しい。あるいは、家族ができないことを代って「してもらっている」という負い目が事業所を問いただすような発言を抑制させる。いわゆる人質論である。
 
利用者や家族の理不尽な不平不満に悩まされている事業所はもちろんある。しかし、全体を通してみた場合、やはり利用者側が事業所に対し、安心して苦情を言える状況ではない。
 
 

4 運営適正化委員会

 
冒頭のおしゃべりばかりしている職員が事業所内の苦情解決担当者である場合に、利用者らは彼らに「おしゃべりばかりしていて、ちゃんと介護サービスを提供していない」と直接、伝えることができるだろうか。苦情解決担当者が苦情原因の当事者であったり、事業所に対する信頼関係がないときに、利用者らは運営適正化委員会に苦情を申し立てることが多い。
 
同委員会の扱う苦情の範囲は広い。国保連が原則、介護サービス、市町村が主として法令違反該当事案に特化しているのに対し、運営適正化委員会は広く社会福祉サービス全般を対象とし、法令違反に限らず、冒頭のような「もやもや」しているが、しかし、看過できない状況に対応している。その意味で苦情解決の最前線に位置していると言える。
 
同委員会の苦情解決プロセスは、大まかにいうと下記のとおりである。すなわち、申出人から苦情受付→苦情として成立するときに事業者に宛てて苦情通知→事業者からの回答に申出人が納得せず、かつ、同委員会がより慎重な調査必要であると考えたときは現地調査→その結果を両当事者に送付、というものである。なお、虐待事例のような重大な権利侵害の場合には、ただちに知事通知を行う。
 
北海道の同委員会は、平成26年度、実数で140件の相談を受け付け、このうち、30件に苦情通知を発送し、10件の事情調査を実施した。また、知事通知、行政通知は計5件である。相談のうち、施設分類別にみると33%が高齢者、54%が障がい者、10%が児童である。そして、苦情内容は、1位が職員の接遇、2位がサービスの質や量、3位が説明・情報不足である。
 
 

まとめにかえて

 
袖振り合うも多生の縁というのならば、袖振り合えば多少の苦情発生ともいえる。つまり、苦情があって当たり前の世の中である。問題は、それをどれだけ吸い上げ、受けとめ、常識的な解決を導き出すかである。しかし、福祉サービスの世界では苦情解決ということ自体、日が浅く、苦情を訴える方も、訴えられる方も、手探り状態である。
 
障がいの普遍化、超高齢社会などにより、誰しもが福祉サービスの利用者になる。そのときに必要なものは、質と量が確保された福祉サービスだけではなく、近代的な苦情解決システムだといえる。この一端を担い、また、先導する存在として適正化委員会が期待されている。
 
 
 
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片桐由喜(小樽商科大学商学部 教授)

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