コラム

    • アベノミクスの管理経済志向は正当化できるのか?

    • 2015年12月08日2015:12:08:08:34:24
      • 森宏一郎
        • 滋賀大学 経済学系 教授

停滞する日本経済を浮揚させるのが安倍政権の1つの重要課題である。この背後には、高齢化社会に対応するため、公的年金支出などの増大する社会福祉コストをどうにか捻出できるようにしたいということがある。
 
安倍政権は、社会福祉コストをカバーするための財源として、消費増税を模索しているわけだが、さらなる増税に踏み切るためには景気の回復が必要不可欠だというわけである。消費増税は、少なくとも一時的には消費を低下させ、短期的に景気悪化を招くだろうからである。
 
景気回復のために、安倍政権はアベノミクスと称し、教科書流の短期的な景気回復策を実施している(この点についてはコラム「時間軸に基づくアベノミクスの整理」を参照)。
 
すなわち、金融政策によって、マネーサプライを増加させることによってデフレから日本経済を脱却させ、実質利子率の低下を通じて民間投資を促進させるとともに、為替レートを円安に誘導することを通じて国内製造業の輸出競争力を引き上げようとしているのである。
 
加えて、景気刺激のために、金融政策とセットで、財政政策(政府支出の増加)も行っている。金融政策とセットでというのは、政府支出の増加のために国債を発行するわけだが、この国債を日銀に引き取らせることでマネーサプライを増加させるという意味である。
 
こうした景気浮揚政策の文脈の中で、安倍政権は「自由経済への政府介入」と取られかねないことを出してきた。1つは、民間企業に対して「賃金を引き上げよ」という要求である。もう1つは、民間携帯電話サービス会社に対して「料金を引き下げよ」という要求である。
 
今回のコラムでは、これらの2つのなかなか大胆な要求について議論したい。このような政府介入は正当化できるのだろうか、また、そもそも意味はあるのだろうか。
 
 

◆政府介入の根拠

 
民間企業に対する安倍政権の2つの要求を具体的に検討する前に、自由市場に対する政府介入の根拠について整理しておきたい。どういう場合なら、政府介入は正当化し得るのだろうか。
 
政府が自由市場に介入する根拠となり得るものは、主に4つある(注1)
(1)市場の失敗への対応
(2)中毒性のある危険な薬物など、社会的に消費を抑えたい財市場への規制介入
(3)所得の再分配
(4)経済活動水準をコントロールするための税制政策
 
これらの4つのうちで、民間企業に対する安倍政権の2つの要求に関係しそうなのは、1番目である。では、市場の失敗とは何だろうか。市場の失敗とは、何らかの理由によって市場価格が十分に調整されず、社会全体の純便益(総便益-総コスト)が最大化されていない状態のことである。
 
市場の失敗が無い競争的な市場では、十分な数の消費者と供給者が存在し、価格がそれらの需給を反映して十分に柔軟かつ迅速に変化できるならば、ちょうど需給が一致するように価格が調整される。そのとき、消費者が得る利得と供給者が得る利得の合計は最大化される(注2)
 
しかし、実際には、たとえば供給者がごく少数しか存在しないために独占力を持ち、上記の競争的な市場での取引量よりも少ない量の商品がより高い価格で供給(取引)される場合がある。このとき、供給者が消費者の利得を奪い取るうえに、社会的な損失を生み出す。つまり、市場は失敗する。
 
市場が失敗しているとき、社会的な損失が発生しているので、政府が市場に介入して取引量と価格を是正することが正当化される。上記の独占のケースで言えば、独占禁止法の制定や価格規制は正当な政府介入となり得る場合があるということになる。
 
 

◆賃金を引き上げよ?

 
安倍政権は「アベノミクスが奏功し景気が上向きになってきたにもかかわらず、民間企業が十分に賃上げをしていない」と見なし、民間企業に対して「賃金水準を引き上げよ」という要求を出したという。これは、市場の失敗に対する政府介入を意味するのだろうか。
 
民間企業が不当に賃金水準を引き下げているのは、どのような場合だろうか。たしかに、こういうケースはあり得る。それは、企業側(労働の買い手)が労働市場を独占している場合である。
 
労働市場で企業側が独占していると、企業側は独占力を生かして利潤を最大化しようとして、雇用量を引き下げ、かつ、賃金水準を引き下げることになる。このとき、社会的な損失も発生する。このような事態が起きているならば、賃金水準引き上げのための政府介入は正当化され得る。
 
では、現在、経団連に加盟しているような大企業は労働市場で買い手独占を形成しているのだろうか。この問いに明確に答えるためには、実証研究が必要で、なかなか確かなことは言えない。
 
もし、いわゆる日本型経営が依然として行われているとすれば、労働者は企業特殊的な技能形成に特化して長期的に特定の企業にコミットするために他の会社を選択する余地が小さいかもしれない(注3)。この状況下では、現在の雇用主側に買い手独占力が生じていても不思議ではない。
 
しかし、他方、企業側も競争力の源泉として労働者の企業特殊的な技能に依存しているとすれば、買い手独占力はそれほど発揮できないとも考えられる。
 
また、昨今、雇用の流動化が進み、労働者が企業特殊的なスキルではなく、企業横断的な機能的スキルを軸に働いているとすると、労働者はより自由に企業を選択できる。地理的な制約などの特殊な状況でもない限り、企業側も労働者の確保に企業間の競争にさらされることになる。
 
こうやって考えてみると、現実として、企業側が労働市場で広く買い手独占を形成しているとは考えにくい。経団連に加盟しているような大企業に限定しても同様である。こうなると、安倍政権の賃上げ要求は正当化しにくいだろう(注4)
 
そもそも賃上げ要求にはあまり意味がない。デフレを脱却したのだから、一律に即賃金水準を引き上げよとか、デフレ脱却を契機に景気回復を期待して、インフレ率以上の賃金上昇が義務付けられるようなものでもない。
 
先のコラム(「時間軸に基づくアベノミクスの整理」)で指摘したように、物価水準によって相対化した実質賃金は労働生産性によって決まるべきものである。企業の労働生産性が上昇しない限り、実質賃金の上昇は期待できない。
 
 

◆携帯電話利用料金を引き下げよ?

 
もう1つの安倍政権の要求は「携帯電話利用料金を引き下げよ」である。携帯電話利用料金への支出が家計を圧迫し、経済全体の消費が伸びないということから出てきたようである(このこと自体に疑問があるが、この点は後述)。この要求は、市場の失敗に対する政府介入なのだろうか。
 
携帯電話会社大手は、ソフトバンク、NTTドコモ、AUの3社である。これらの3社によって寡占市場(3社による独占市場)が形成されているように見える。3社が共謀してカルテルでも形成しているならば、価格に対する政府介入は正当化される可能性がある。
 
しかし、現実には、3社間で競争が起きているように見える。直接的に価格引き下げ競争をしているわけではなさそうではあるものの(お互いに低価格競争を戦略的に回避している可能性はある)、使用パターンによって料金が安くなるサービスを提供しあって競争しているように見える。
 
確かに3社という数は少なく、相対的に企業側が価格設定力を持っていると言えそうである。だが、熾烈なコマーシャル合戦を見る限り、競争的寡占市場ではないか。差別化されたブランドは独占力を与えるが、それは消費者が差別化されたものを選択できるようになるためのコストかもしれない。
 
携帯電話料金への政府介入を正当化する論理(市場の失敗への対応)はあり得るが、この種の議論を明確化せずに、安倍政権が携帯電話料金の引き下げを要求することはできないだろう。
 
ところで、この節の最初に戻って、そもそも携帯電話料金を引き下げると消費が伸びるようになるのだろうか。まず、単純に言って、携帯電話料金に支払っていた分を違う財・サービスの消費に回すだけならば、プラスマイナスゼロで、消費は増えも減りもしない。
 
携帯電話料金への支払を節約できた部分が貯蓄、それもタンス預金に回るようならば、景気にとって、むしろマイナスになるという場合も考えられる。
 
携帯電話料金に支払っていた分を違う財・サービスの購入に当てて、消費が増えるようになるケースは、携帯電話サービスへの支出の場合よりも産業間の波及効果が大きい財・サービスに消費を振り向けた場合である。
 
ある財・サービスを消費したとき、その財・サービスの生産に関連している産業の裾野が広いと、それらの産業への需要増によって、それらに関係する労働者の所得増を通じて消費が拡大するようになる。この程度が相対的に大きいところに消費をシフトすれば、経済全体の消費は拡大する。
 
携帯電話サービス産業のこの種の裾野の広さが数ある産業の中で相対的に小さいというならば、携帯電話サービスへの消費を他の財・サービスへの消費に振り向けると、波及効果が大きくなることを通じて経済全体の消費は拡大するかもしれない。
 
しかし、この種の議論は出てきておらず、どういう根拠で携帯電話料金引き下げ要求が出てきたのかは不明である(注5)
 
 

◆おわりに

 
政府介入が正当化されるケースは論理的には想起できるので、いきなりニュースキャスターが「何の権利があって、安倍政権は携帯電話料金の設定に口出しするのでしょうか」と声高に主張するのには閉口した。
 
しかし、根拠なしに自由市場に介入するのは問題がある。いつも市場が正しいというわけではないが、やみくもな管理経済化は百害あって一利なしである。社会主義の崩壊から明らかなように、価格に基づく無数の自律的な経済主体による分散的な意思決定メカニズムは基本的に効率的である。
 
経済状況に応じて、短期の経済政策として景気浮揚政策は必要だと思うが、根拠薄弱な自由市場への政府介入はやめてもらいたいと強く願う。
 
 
 
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(注1)さまざまな経済学の教科書で議論されている。この原稿を書くに当たっては、Rittenberg, L. and Tregarthen, T. (2009). Principles of Microeconomics. Courtesyof Libby Rittenberg, Timothy Tregarthen, and the Saylor Foundation. を参照(オープンテキストのため、>>ここ からダウンロード可能)。
(注2)コラムの一般読者を想定し、理論的な記述に関して議論の厳密さよりも分かりやすさを重視して書いている。他の箇所についても、あえて詳述を避けているところがある。より厳密な議論を確認したい方は上記のオープンテキストを含めた経済学の教科書を読んでほしい。
(注3)日本型企業システムについては、青木昌彦(1992)『日本経済の制度分析―情報・インセンティブ・交渉ゲーム』永易浩一(翻訳)筑摩書房を参照。
(注4)決して賃上げに反対を唱えているわけではないことに注意してほしい。本コラムでは、個別企業の実態を無視して、一律に、政府が賃上げを要求することの正当性について議論しており、賃上げへの賛否については一切議論していない。
(注5)現在の携帯電話利用料金が適切であると主張する意図は全く無いことに注意してほしい。本コラムでは、携帯電話料金が高いか安いかという議論は何もしていない。
 
 
 
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森宏一郎(滋賀大学国際センター 教授)

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