コラム

    • テロ対策--「共謀罪」と「通信傍受」で市民を守れ

    • 2016年03月01日2016:03:01:08:09:59
      • 榊原智
        • 産経新聞 論説副委員長

日本の政治が、テロを封じ込めるうえで有効な手段である筈の「共謀罪」の創設や「テロリストに対する通信傍受」の導入をためらっている。いつまでもこんなことでいいのだろうか。日本のどこかで市民に被害が出てからでは遅いのだ。
 
パリ同時多発テロから3カ月以上が経った。フランスでは非常事態宣言が延長され、テロ対策を強化するための憲法改正が政治日程に上り、侃々諤々の議論が続いている。
 
どのようにして人々の安全を守っていくか。テロ対策は、強化、充実が常に論じられ、具体的な措置がとられていくべき重要事であるはずだ。ところが日本では、パリ同時多発テロの直後こそいくらか議論があったものの、今はほとんど語られることもない。「喉元過ぎれば熱さを忘れ」ていい話ではあるまい。永田町の最大の話題が民主党、維新の党の合流なのだから呑気としか言いようがない。
 
欧州での出来事とはいえ、パリの悲劇を目の当たりにしたのに、なぜ日本の政治はテロを防ぐために全力を尽さないのか。
 
共謀罪やテロリストに対する通信傍受は、欧米など多くの民主主義国で認められている。いわば国際標準だ。ところが、日本の治安当局はこれらを与えられないまま、狡猾なテロ組織、テロリストに備えるよう強いられている。
 
これがどれほど危険なことか。
 
パリ同時多発テロを思い出してほしい。理不尽な攻撃で傷つけられ、命を奪われるのは、普通の市民だった。
 
昨年暮れ、安倍晋三政権は国際テロ対策として「国際テロ情報収集ユニット」を発足させた。もっともな措置ではあるがそれだけではとても足りない。
 
今年5月には、三重県で主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)がある。20年には東京五輪・パラリンピックがある。海外から日本を訪れる人々は大いに増えている。東京は世界の文化活動の中心地の1つとなり、私たちが想像する以上に海外から注目されている。日本で暮らす外国人は200万人を超えている。
 
日本は、テロリストにとって格好の舞台になっている。東京で、日本の各地でテロを起こせば、世界中が震え上がる。テロリストは政治的主張や恐怖をまき散らすことができる。
 
共謀罪は、テロなどの重大犯罪に加担した段階で処罰の対象にするものだ。2000年に国連総会が、テロや麻薬の密輸など国際的組織犯罪を防ぐための「国際組織犯罪防止条約」を採択した。日本はもちろんこの条約に署名をしたが、いまだに批准できていない。この条約にはすでに世界の186もの国が批准し、締結を済ませた。日本が批准できないのは共謀罪の創設が条件だからだ。
 
政府は、共謀罪を創設しようと組織犯罪処罰法改正案を過去3度、国会に提出したが、野党や左翼団体などが「人権を侵害する」と猛烈に反対し、廃案に追い込まれてしまった。
 
通信傍受の拡大も同様の反対のため実現していない。法務省は19日、15年に全国の警察が通信傍受法に基づいて実施した傍受は10事件で、逮捕者は101人にのぼったと公表した。いずれも、裁判所が警察に認めたもので、一般市民がやみくもに傍受されることはない。
 
これら逮捕者の中に、テロリストはいない。日本の現行の通信傍受法は傍受する対象を、薬物犯罪、銃器犯罪、組織的殺人、集団密航の4類型の犯罪に限っているからだ。安倍政権は、殺人、放火、詐欺、窃盗など9類型を追加する改正法案を国会提出しているが、テロは含めていないのだ。
 
なぜこうも腰が引けているのか。テロには上に列挙した犯罪が含まれることはあるものの、テロ自体で傍受ができないのだから、通信傍受法は使い勝手が悪すぎる。薬物犯罪や銃器をめぐる犯罪では認められて、テロ組織やテロリストの疑いのある人物への傍受が認められないのは理解できない。
 
テロを効果的に防ぐには、容疑者を監視し、必要なら犯行に及ぶ前に摘発しなければならない。国際会議など各種会場や不特定多数の人が行き来する場所の警備を厳重にするのは当たり前だが、それだけでは間に合わないからだ。
 
安倍首相は、昨年12月7日の政府与党連絡会議で、テロの未然防止のため「できる対策はすべて講じる」と語った。
 
そうであるなら、共謀罪の創設や通信傍受の範囲拡大は避けて通れない筈だ。共謀罪の創設や通信傍受の対象を拡大するための法案を早期に国会へ提出し、成立をはかるべきなのだ。
 
野党や左翼勢力の反対があまりに強いため、首相をはじめ政府・自民党は、今年の国政選挙への悪影響を恐れ、取り組みを先送りしようとしているのだという。公明党にいたっては共謀罪の創設自体に慎重だ。
 
国民の方がはるかに国際常識に沿っている。産経新聞とFNN(フジニュースネットワーク)が昨年12月に実施した世論調査では、共謀罪を設けるべきだと「思う」人は76.7%を占めた。「思わない」は13.2%に過ぎなかった。特に、20代の若者は「思う」が93.3%、30代は89.5%だった。
 
政治は、日本国民の安全を確保することはもとより、日本に暮らし、日本を旅する外国の人々も守らなければならない。共謀罪の創設や通信傍受の適用拡大に反対するという、市民の安全を軽視する言動をして恥じない勢力にいつまで臆しているのか。
 
首相をはじめとする政府・与党には、理不尽なノイジーマイノリティーから非難を浴びるような政策課題であっても、日本のため、世界のために取り組まなければならない時があるはずだ。それが今ではないだろうか。
 
 
 
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榊原智(産経新聞 論説委員)

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