コラム

    • 医療ツーリズムと法的紛争 (その1/全2回)

    • 2016年03月08日2016:03:08:08:22:49
      • 平岡敦
        • 弁護士

1 はじめに

 
日本の医療技術水準の高さ,費用対効果,円安の影響などで,外国に住んでいる人が日本で治療や検診を受けるいわゆる「医療ツーリズム」が注目を集めている。しかし,医療ツーリズムによって日本で治療や検診を受けた患者(以下,単に「患者」という。)と医療従事者及び医療法人(以下「医療従事者」という。)の間で,法的紛争が起きた場合の処理については,まだ議論が深化していないようである。医療ツーリズムによる場合,患者は日本の健康保険制度を利用できないケースが多いと思われるので,診療報酬の回収不能事案も,通常より発生リスクが大きい。
 
そこで,患者から医療過誤であると主張され損害賠償請求を受けるケースと,患者が診療報酬を支払わないので医療従事者から診療報酬支払請求を行うケースを想定して,それらの紛争を民事訴訟で解決しようとした場合に,どこの裁判所を利用することができるのか(管轄の問題)と,どこの国の法律が適用されるのか(準拠法の問題)について,簡単にまとめてみたい。
 
 

2 管轄裁判所の決定

 
(1)管轄裁判所を決めるためのルール
法的紛争をどこの裁判所で裁くのか(管轄)は,重要な問題である。なぜなら,国によって訴訟法が異なり,訴訟を運営するためのルールが異なるし,外国での応訴を強いられると,費用や時間もかかる。外国の弁護士に依頼することも必要になるので,充分なコミュニケーションが取れるのかも不安である。さらに重要なのは,準拠法(どこの国の法律を適用するか)を決めるためには,事件を管轄する裁判所が所在する地の国際私法が適用されることになるので,その管轄裁判所次第で準拠法が変わってくる場合もあることである。
 
では,どうやって管轄裁判所を決めるのかが問題となるが,国際裁判管轄を決めるための国際的な一般ルールはない (註1)。したがって,訴訟を提起された裁判所が,その裁判所が属する国の国内法で管轄の有無を判断することになる。日本に関して言えば,民事訴訟法3条の2以下に国際裁判管轄に関する条文が置かれており,ここで規定されたルールによって,日本の裁判所に国際管轄があるか否かを判断することになる。
 
では,日本の裁判所に対して訴訟が提起された場合,日本のルールでは,どのようにして管轄が決まるのか(註2) 。
 
(2)管轄合意
まず当事者間に管轄合意があれば,その合意によって定められた裁判所に管轄が認められる(民事訴訟法3条の7第1項)。なお,管轄の合意は,書面で行うことが求められる(同条2項)。
 
しかし,この管轄合意には大きな例外がある。管轄合意の対象となった契約が消費者契約である場合,紛争の発生前に管轄合意がなされた場合は,①合意された管轄が消費者契約締結時の消費者の住所地を管轄とするものであるか,②合意された国で消費者が訴えを提起したか,③事業者が合意された国で訴えを提起し,消費者がそれに応じたか,このいずれに合致しないと,管轄の合意は有効とならない。この点,医療契約も消費者契約の一種であるから,消費者=患者が外国に住所を有しているケースで,日本を管轄とする合意をしたとしても,患者があえて日本で訴えを提起するか,事業者=医療従事者又は医療法人が日本で訴えを提起し,患者がそれに応じた場合でなければ,管轄合意は有効とならない。患者が外国人である場合,通常は住所地で訴えを提起する方が有利であるから,上記②や③の条件を満たすケースは考えにくい。したがって,現実には管轄合意はほとんど使えないと考えられる。
 
ただ,念のために,外国から来た患者を診療する場合は,それに先だって医療契約を書面で締結して,契約書で管轄合意(一般的には病院・診療所が所在する国の地方裁判所を管轄として指定する。)をしておくことで,日本での提訴が可能になるかもしれない。管轄の合意には,専属的なものと,付加的なものがある。専属的な合意をした場合には,民事訴訟法3条の2以下で他の裁判所に管轄が認められても,合意した裁判所でのみ訴訟を行うことができることとなる。付加的な合意の場合は,合意した裁判所のほかでも,訴訟を提起した国の裁判所で国際管轄が認められれば,その裁判所で訴訟を行うことができる。
 
(3)被告の住所地
管轄合意がなかった場合又は管轄合意が無効であった場合でも,被告の住所地が日本にあれば,日本の裁判所に管轄が認められる(民事訴訟法3条の2第1項)。医療ツーリズムによって日本で治療を受ける患者の多くは,日本には住所を持たないであろうから,この条文で日本に管轄が認められるケースは少ないであろう。
 
しかし,民事訴訟法3条の2以下には,複数の管轄が決まる事由が規定されており,必ずしも1つの裁判所に管轄が限定されるわけではない。後述の契約上の債務であることを理由とする管轄指定もあるので,日本で訴えを提起する余地もある。
 
逆に,患者が医療過誤を理由として訴えを提起する場合には,医療従事者又は医療法人が被告となるので,日本の裁判所に訴えることが可能である。しかし,患者が訴えを提起する先が日本の裁判所に限定されるわけではない。管轄の有無は,訴えを提起された裁判所が判断する。したがって,患者が母国の裁判所に訴えを提起した場合,その裁判所において管轄の有無が判断される。そして,当該国の管轄ルールによって,当該裁判所に管轄が認められたら,当該国で訴訟が始まることになる。
 
患者に母国で裁判所を起こさせないためにはどうすればよいか。1つの方法としては,債務不存在確認請求訴訟(註3) について日本の裁判所に管轄が認められる場合には,先手を打って,日本の裁判所に債務不存在確認請求訴訟を提起することが考えられる。
 
(4)契約上の債務
契約上の債務に関する訴えについては,当該債務の履行地にも管轄が認められる(民事訴訟法3条の3第1号)。
 
医療契約上の診療報酬請求権の履行地は,報酬を病院に持参することを前提に考えると,日本が履行地となる。したがって,患者の住所地が外国であったとしても,診療報酬の支払請求については,日本が管轄となる。
 
また,医療契約による診療行為が不十分にしかなされなかった,すなわち過失のある医療行為であったとして,医療契約の債務不履行にもとづく損害賠償請求を提起する場合にも,その不履行となった債務は日本の病院で行われるべき診療行為を行うという債務であるから,やはり履行地は日本となり,日本に管轄が認められることになる。したがって,患者が医療契約の債務不履行を理由として訴えを提起する場合には,日本の裁判所に管轄が認められる。逆に,医療従事者が医療過誤による債務の不存在確認請求訴訟を起こす場合も,日本の裁判所に管轄が認められる 。
 
(5)不法行為
不法行為に関する訴えについては,不法行為があった地の裁判所に管轄が認められる(民事訴訟法3条の3第8号)。不法行為があった地には,加害行為地と結果発生地の双方が含まれる。
 
医療過誤は,医療契約の債務不履行にもとづく損害賠償請求として訴えることもできるが,不法行為にもとづく損害賠償請求として訴えることも可能である。医療ツーリズムの場合,医療行為は日本で行われることになり,その結果何らかのマイナスの結果が発生するのも,多くの場合は日本である。とすると,不法行為にもとづく損害賠償請求の国際管轄は,日本であること多いと考えられる。したがって,医療従事者側で,不法行為にもとづく損害賠償請求権の債務不存在確認請求訴訟を起こすのであれば,日本においてその管轄が認められることになる。
 
この場合,患者が母国において「結果(医原性の症状)が発生したのは帰国してからであるから,結果発生地は母国である」として,母国の裁判所に対して不法行為を原因とする訴訟を提起することも考えられる。その場合に,患者の論理で母国の裁判所に管轄が認められるか否かは,当該国の国際管轄に関するルールによって決まってくるので,一概には言えない。
 
(6)応訴管轄
また,仮に日本に管轄が認められない場合でも,日本における訴訟を強行した場合に,被告が日本での訴訟に応じた場合(訴訟の本体(本案)について弁論などをした場合),日本での管轄が認められる(民事訴訟法3条の8)。
 
したがって,医療従事者側が日本で訴訟を提起し,患者がそれに応ずる訴訟追行をした場合には,もともと日本に管轄がなくても,管轄が認められることになる。
 
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(註1)国際航空運送など,一部の領域について条約があるのみである。
(註2)日本の民事訴訟法では,3条の2以下で,日本の裁判所に管轄が認められるケースが列挙されている。したがって,3条の2以下に掲げられたリストの要件のどれかに合致すれば,日本の裁判所で訴訟を追行することが可能となる。
(註3)訴訟は,通常,損害賠償などの給付を求める側が原告となって提起する。しかし,給付を求める側が訴訟を提起せず,紛争が解決せず困る場合がある。そのような場合には,本来は被告になるはずの側が,原告となって債務(患者が損害賠償を求める権利)不存在確認請求訴訟を提起することができる。
(註4)損害賠償請求訴訟とその損害賠償債務の不存在確認請求訴訟がそれぞれ提起される場合など,外国と日本とで同じ原被告間で同一の事実関係について訴訟が提起されるケースも考えられる。その場合に,訴訟を継続するのか,どちらの結論(判決)を採用するのか,については統一的な条約や慣習法がない。日本の裁判所における通説的な解釈も確立していない。東京地方裁判所平成3年1月29日判決(判タ764号256頁)では,日本メーカーの製造物責任(アメリカで被害発生)について,アメリカで損害賠償請求訴訟が先に提起され,日本で遅れてその債務不存在確認請求訴訟が提起された事例で,日本における債務不存在確認請求訴訟の国際管轄が認められるものの,条理上,日本に国際管轄を認めるべきではない,と判断した。
 
 
>>その2に続く 】
 
 
 
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平岡敦(弁護士)

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