コラム

    • "総合事業"と介護労働の関係は――ボランティア重視は両刃の剣

    • 2016年04月12日2016:04:12:13:02:28
      • 杉林痒
        • ジャーナリスト

介護予防の"総合事業"という市区町村の取り組みを、厚生労働省が音頭をとって進めている。介護保険の要介護認定を受ける前の人たちを対象にした自治体ごとの取り組みだ。今年1月時点の調査で、2015年度中に実施する自治体が283。16年度中は311自治体が予定しているので、身近に感じる人が増えてくるだろう。
 
その中身は、介護保険の要支援と認定された人を対象にする訪問介護とデイサービスが基本で、さらに自治体ごとのサービスを加えることができる。サービス料金は、要支援者に対するものを含めて、自治体が設定できる。
 
よりよいサービスをよりリーズナブルな値段で提供する自治体がでてくる可能性があるが、それによって、自治体間の競争のようなものが起きる可能性もある。現在、介護保険サービスは厚労省が決めた価格を基本として提供されているが、一部に「自由競争」が導入されると見ることができる。
 
厚労省が決める介護報酬にも、最大で1.14倍の差がついている。上乗せが最も高い「1級地」は東京23区で、サービスによって最大14%、2級地は横浜や大阪で、最大11.2%の上乗せがある。しかし、介護は人件費がかなりの部分を占める。全国的な違いを最低賃金で見ると、東京都の888円と沖縄県などの677円では31%の開きがある。大阪府(838円)と沖縄でも24%の開きがある。そのため、都市部の介護事業者は、地方に比べて経営が厳しいと言われる。
 
いま、総合事業でどのような費用の開きがあるかは知らないが、今後の進展について、次の点に関心を持っている。まずは、総合事業に、これまで介護保険の要支援者向けになかった自治体が独自に決めるサービスにボランティアが含まれる点だ。そこでは、ポイント制で将来、自分の介護が必要になった時に介護を受けられる権利を与えられることがある。これだと、地域間の違いを比べることはできない。また、有償ボランティアなどで出る気持ち程度の対価も比較が難しい。
 
だが、総合事業は規制を緩めることが認められている。したがって、パート労働者を中心にするなどした低価格のサービスが広がった時には、要介護認定を受けた人へのサービスの対価に及ぼす影響にも注意が必要だろう。
 
ボランティアによるサービスと「プロ」の介護労働者では、介護の質に違いがある。しかし、介護度が低い人にとっては、ボランティアのサービスと本業の人のサービスが競合するように見えることがあり、ボランティアのサービスが十分にあるところでは、要介護認定された後も、ボランティアのサービスを使う人が出て来る可能性があるのではないだろうか。そうなると、生活のために働いている介護労働者が困ることになる心配がないだろうか。そこまでいかないにしても、要支援サービスの通所と訪問の介護は影響を受ける可能性がある。
 
いま、高齢者の生活は世間で思われているほど豊かでないことがある。一般的に高齢者が豊かとされるのは、海外旅行に行ったり、子や孫に多額の贈与をしたりする人が目立つためだ。しかし、実際にはそんな生活からほど遠い人のほうが多い。介護生活も、家族が支えている高齢者が多い。今後、総合事業のサービスが定着することがあると、介護サービスの「価格破壊」につながる心配があるが、それは、ただでさえ厳しい介護労働者の生活を破壊することになりかねない。
 
厚労省が考えるボランティアなどの普及がどれほどになるか疑問はあるが、うまくいったらいったで、介護労働に及ぼす影響には注目したい。
 
 
 
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杉林痒(ジャーナリスト)

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