コラム

    • 地域包括ケアにおける市町村の役割・課題と改善策:地域マネジメント力の強化に向けて -その3(全4回)-

    • 2016年06月07日2016:06:07:10:23:55
      • 川越雅弘
        • 埼玉県立大学大学院 保健医療福祉学研究科 教授

■はじめに

 
前稿では、市町村が実施する各種事業の中から「在宅医療・介護連携推進事業」に焦点を当て、課題の整理と改善策の提案を行った。
 
本稿では、従来の介護予防事業と予防給付の一部が再編成された「介護予防・日常生活支援総合事業」に焦点を当て、同事業が創設された背景とその狙いについて解説した上で、市町村が同事業を展開する上での課題について私見を述べる。
 
 

■これまでの介護予防事業の問題点と見直しのポイント

 
予防重視型システムへの転換を図った2006年の介護保険制度改正において導入されたのが「介護予防事業」である。同事業は、要支援・要介護に陥るリスクの高い高齢者(特定高齢者)を対象とした「二次予防事業」と、活動的な状態にある高齢者を対象とした「一次予防事業」で構成されていたが、(1) 二次予防事業への参加率が非常に低位であった、(2) 事業終了後の受け皿対策が不十分であったため、長期的効果が得られなかったなどの問題点があった。なお、参加率が低かった理由としては、(1) 特定高齢者という分けられ方に対する高齢者の心理的な抵抗感が強かった、(2) 実施内容が、運動機能や栄養状態といった心身機能の改善を目的とした訓練に偏っていて、本人がしたい活動や社会参加を促す取組が必ずしも十分ではなかったなどが挙げられている。
 
そこで、これら課題を改善するため、国際生活機能分類(ICF、図2参照)の考え方に準拠する形で、介護予防の考え方の大幅見直しが今回行われた。すなわち、「機能回復訓練などの高齢者本人へのアプローチだけではなく、生活環境の調整や、地域の中に生きがい・役割をもって生活できるような居場所と出番づくり等、高齢者本人を取り巻く環境へのアプローチも含めたバランスのとれたアプローチにより、たとえ要介護状態になっても、生きがい・役割を持って生活できる地域の実現(地域づくり)を目指す」という考え方に転換したのである。
 
心身機能低下といったマイナス面をプラスに変えていくためのアプローチから、本人がしたいこと、生きがい、興味・関心など、意欲がかき立てられるようなプラス面へのアプローチ(活動・参加・環境因子への介入)の強化を図る方向に舵をきったのである。
 
 
 

■要支援者に対する予防給付の現状と問題点

 
図2に、日常生活関連の認定調査項目別にみた非自立者の割合を示す。なお、対象は、A市の要支援認定者である。
 
ここで、要支援1の非自立者割合を項目別にみると、「買い物」54.7%、「簡単な調理」38.0%、「金銭の管理」23.9%、「薬の内服」23.2%と、手段的日常生活活動(IADL)の自立度は低下していたものの、移動や食事摂取といったADLはほぼ自立の状態である(図2)。買い物や調理といった一部の生活行為に要支援段階から困難さが生じるため、家事援助などの訪問介護サービスの利用者が要支援者で多くなるのである。
 
ここで重要となるのが、ケアマネジメントおよびサービス提供の仕方である。ケアマネジメントとは、これら生活障害(買い物や簡単な調理に支障を来しているという現状)を解決するための手法として導入されたものである。要支援者が抱えるこれら生活障害は、利用する道具の工夫、環境調整、リハビリテーションによる動作練習(動作の再獲得)などによって改善する可能性が高い。できない生活行為をサービスで代替するという意識ではなく、本人への直接的介入や環境因子、本人の意欲への働きかけを通じて、より自立した生活を目指すといった取り組みが、本来求められていたのである。
 
要介護度の変化に関する国の調査結果(平成26年度介護給付費実態調査の概況)をみると、介護サービスを継続して利用している要支援1の約3割が1年後に重度化している。一方、(1) 自立支援という理念の住民への啓発、(2) 多職種によるケアプラン内容の検討(地域ケア個別会議の展開)、(3) 多様な介護予防プログラムの開発(改善者の受け皿機能を含む)などを行ってきた埼玉県和光市では、要支援者の改善率が高く、結果として要介護認定率が年々減少し、10%を下回る水準にまで至っている。和光市の地域ケア個別会議の手法を県内全市町村で展開してきた大分県でも、要介護認定率が年々減少するといった効果をあげている。要支援者へのアプローチも、介護予防事業同様、自立支援の観点から見直す必要があったのである。
 
 
 

■介護予防・日常生活支援総合事業とその狙い

 
これまでの介護予防事業及び予防給付のあり方を大幅に見直し、従来ある地域活動をベースに、人と人とのつながりを通じて参加者や通いの場が継続的に拡大していくような地域づくりを推進すること(一般介護予防事業)を基礎としつつ、必要に応じて専門職による生活行為課題解決型の短期集中介護予防サービスを組み合わせて実施することにより、「高齢者の地域での活動性の向上(元気な高齢者の増加)」「自立支援」「給付対象者からの卒業」を目指すべく再編成された事業が「介護予防・日常生活支援総合事業」である(図3、図4)。
 
本事業の根底にある、「地域づくり」「互助の仕組みの再構築」「専門職と非専門職間の連携強化と役割分担」「支援者の底辺拡大と専門職の機能の重点化」の推進といった視点を理解した上で、本事業に取り組む必要がある。
 
 
 
 

■市町村が同事業を展開する上での課題:高齢者のニーズから事業を考える

 

生活機能低下者に対する二次予防事業を展開する際、市町村職員の意識は「事業を如何に計画通りに行うか」に向いていて、実施体制も予算手当もない事業終了後の継続性への配慮は少なかった(意識が回っていなかった)と感じる。当初予定した参加人数が確保できないため、住民の要望に応じて交通手段を別途確保し、結果的に継続しにくい状況を作ってしまった市町村もあった。
 
今回の介護予防・日常生活支援総合事業や在宅医療・介護連携推進事業でも同様に、「何のための、何を目指した事業なのか」という事業目的よりも、「国から示された事業をどのように構築するか」という手段に意識が向いている。また、事業から物事を考えるという習性が身についているため、事業の骨格をまず決めた上で、その骨格に「現場」を当てはめようとしてしまう傾向が強い。ニーズからスタートしていないため、事業の継続性の確保も困難化しやすい。
 
事業をうまく展開している市町村では、地域ケア個別会議の事例が有する課題をベースに、「自立を目指すためにはどのような支援が必要か」をまず考え、その上でニーズの総量を検討し、提供体制を考え、最終的に事業の形にまとめ上げている(図5)。
 
こうした思考過程を市町村職員が身につけるためには、(1) ニーズ把握から事業へ展開する流れを解説するテキストの作成、(2) 都道府県や研究者によるOJT研修の実施などが必要と考える。また、ニーズ把握の方法として非常に有用な「地域ケア個別会議」への事業担当者の参画を必須とするなどの仕組みの推進も必要と考える(国の役割として)。
 
 
 

■おわりに

 
本稿では、市町村が行うべき各種事業のうち、「介護予防・日常生活支援総合事業」に焦点を当てたうえで、同事業が創設された背景とその狙いについて解説し、市町村が同事業を展開する際の課題について私見を述べた。
 
次回は、市町村の地域マネジメント力強化に向けた課題と改善策のまとめを行う予定である。
 
 
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川越雅弘(国立社会保障・人口問題研究所)

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