コラム

    • 平和を目指す日本には、軍事科学研究が必要だ

    • 2016年06月14日2016:06:14:09:07:41
      • 榊原智
        • 産経新聞 論説副委員長

「軍事科学研究」と聞くと、まだ眉をひそめる人がいるかもしれない。しかし、軍事科学研究を進めることこそ、日本の平和を保っていく道だということに気付いてほしい。
 
国防、安全保障は相手のある世界だ。諸外国が軍事科学研究でしのぎを削る中で、日本人が本気を出さなかったらどうなるか。子どもでも分かる話だ。
 
日本の科学者や技術者が、軍事科学研究を拒めば拒むほど、自衛隊の装備や編成が優れたものから遠ざかり、日本の平和を守るための抑止力が脆弱になる。そんなことでいいのだろうか。
 
筆者は、5月28日付け産経新聞朝刊に「軍事科学研究こそ平和への道だ」と題する署名記事を載せた。そこで紙幅の都合から取り上げられなかったことを含め、本稿で改めて、軍事科学研究と日本の学術界について記してみたい。
 
 
◇     ◇     ◇
 
高い科学技術を持ちながら、それを外国の侵略から国と国民を守るために生かそうとすると「平和主義に反する」、「戦争に協力するのか」という的外れな批判にさらされる奇妙な国がある。
 
ほかならぬ日本のことだ。
 
防衛産業や一部の大学に属する人を別にして、戦後日本の大学人、とりわけ科学技術畑の人々は、軍事科学研究を拒否することが良心的で、平和的なことだという風潮に浸かってきた。
 
このようなおかしな軍事忌避の風潮を作ってきた“張本人”の一つが日本学術会議だ。
 
学術会議は法律で設置され、国の予算で運営される日本の科学者を代表する公的機関だが、2度に亘(わた)って軍事目的の科学研究の否定を声明し、それが科学技術研究の基本原則のようにみなされてきた。
 
「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明」(昭和25年4月総会)と「軍事目的のための科学研究を行わない声明」(42年10月総会)である。
 
たとえば、後者の声明は「真理の探究のため行われる科学研究の成果が又平和のために奉仕すべきことを常に念頭におき、戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わないという決意を声明する。」としている。 
 
国民の税金を最も多く支給されてきた大学と思われる東京大学も、軍事研究を長く禁じてきた。
 
平成27年1月の東大総長見解には「学術における軍事研究の禁止」は「東京大学のもっとも重要な基本原則の一つ」と認めている。
 
ただし、総長見解は、軍民両用技術(デュアル・ユース)のあり方については「丁寧に議論し対応していくことが必要」とした。軍民両用技術の研究だけは場合によっては認めるが、軍事に絞った研究は認めないというところだろうか。
 
軍事研究を禁じたり、制限する内規を持つ日本の大学は他にも存在する。
 
学術会議も東大もまるで、似非(えせ)平和主義である。
 
侵略から日本と国民を守るには、外交や自衛隊、日米同盟に基づく米軍だけでは足りない。
 
優れた防衛装備を整えるため、科学者、技術者の貢献が欠かせない。それは世界の民主主義国の常識であり、平和を保つ道である。
 
憲法九条のもとでも、日本には法律に基づいて自衛隊がある。
 
災害派遣で汗を流してくれる自衛隊員の本質は兵士だ。自衛隊は日本を守るための軍事組織であり、自衛隊が日本と国民を守るために侵略者と戦えば、それは自衛のための「戦争」である。
 
それを、民主主義によって運営されている日本の国ははっきりと想定している。大多数の国民も、いざ有事のときは自衛隊が戦ってくれることを疑わない。
 
科学者や技術者が「戦争には協力しない」という理由を掲げて、自衛の戦いの備えまで否定するのは侵略者に塩を送るに等しい。
 
国民の税金による支援を受けながら、軍事科学研究を頭から否定することは、主権者、納税者である国民への背信行為のようにも思われる。
 
「ダチョウの平和」という話がある。ダチョウは砂の中に頭を突っ込んでいれば安全だと錯覚する愚かな存在だという笑い話だ。本当のダチョウはそんなことはしないようだが、軍事科学研究を拒否して平和を保とうという空気に支配されてきた戦後日本の科学技術界は、「ダチョウの平和」に甘んじているように思える。
 
6月9日の未明に、中国海軍のフリゲート艦が、沖県・尖閣諸島周辺の接続水域に侵入した。海上自衛隊の護衛艦は中国の軍艦をぴったりマークし、退去を求めた。
 
平時の今でさえ、自衛隊員は命がけで警戒監視などの任務にあたっている。彼らに優れた装備を与えようと努めることが、平和主義に反するわけがない。
 
筆者は、三沢基地や那覇基地などでスクランブル(緊急発進)の任務についている空自パイロットに会ったことが何度かある。命がけで日本の空を守ってくれている彼らに、周辺国よりも優れた戦闘機や装備を持ってもらいたいと痛感した。
 
日本の科学技術が、自衛隊や、ときには同盟国、友好国の軍隊を強くすることは、平和を保つ抑止力を向上させる。抑止力が高まれば戦争の危険を遠ざけるし、日本国民と自衛隊員の命を守ることにつながる。
 
学術会議や東大などが軍事科学研究を忌避したままで喜ぶのは誰か。それは、隙あらば日本を侵略しよう、軍事力で脅かして日本を従わせようという外国とそれに追随する勢力だろう。
 
冷戦期なら、ソ連とそのシンパだ。今ならどこか、読者の頭には容易に浮かぶはずだ。
 
自民党国防部会は6月2日、安倍晋三首相に対して「防衛装備・技術政策に関する提言〜『技術的優位』なくして国民の安全なし」という政策文書を提出した。
 
提言は、「近年、技術革新がかつてなく急速に進展しており、国家として戦略的に『技術的優位』の確保に取り組まなければ、既存の装備体系の急激な陳腐化により、致命的なリスクに晒される」と訴えている。
 
その通りだろう。
 
中国はステルス機、対艦弾道ミサイル、極超音速滑空兵器、測位衛星システム、衛星攻撃兵器、サイバー兵器へ高水準の研究開発投資を推進している。ロシアはステルス機、潜水艦発射弾道ミサイル、測位衛星システム、非対称ハイブリット戦争、長距離精密攻撃能力、戦術核戦力の近代化、宇宙・サイバー・電子戦手段の強化などに走っているという。
 
ひるがえって日本はどうか。防衛省は平成27年度から、先端研究に資金配分する「安全保障技術研究推進制度」を作り、東京工業大などとプログラムを組んでいる。
 
「安全保障の視点から、技術開発関連情報等、科学技術に関する動向を平素から把握し、産学官の力を結集させて、安全保障分野においても有効に活用するよう努めていく」とした「国家安全保障戦略」(25年12月閣議決定)を受けた制度だ。
 
ただし、27年度の予算は3億円、28年度は6億円に過ぎなかった。
 
自民党の提言は同制度を100億円規模へ拡充するよう求めているが、それでも控えめな内容だ。
 
閣議決定された「国家安保戦略」の方針との大きな齟齬(そご)が気になるのだろう。日本学術会議の大西隆会長は5月26日の記者会見で、軍事科学研究を否定した先の2声明について、「安全保障と学術に関する検討委員会」で、見直しも含め協議することを明らかにした。
 
来年9月末までに結論を得る予定だそうだが、そんなにグズクズしていていいのだろうか。
 
あるべき答えは簡単だ。2声明を歴史的文書と位置づけていさぎよく「撤回」し、日本や仲間の国を守るための軍事科学研究を禁じたり統制したりすることをやめればいいのである。
 
ちなみに、軍事科学研究は成果が非公開になりかねず、科学技術立国に逆行するというもっともらしく聞こえる意見がある。しかし、それが反対するための暴論であることは、米国を考えればすぐにわかる。軍事科学研究に努力する米国が科学技術立国ではないとしたら、いったい世界のどこの国が科学技術立国といえるだろうか。
 
日本の優秀な科学者、技術者の皆さんが、世界標準の平和主義に目覚めてくれることを願ってやまない。
 
 
 
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榊原 智(産経新聞 論説委員)

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