コラム

    • アクティブ・ラーニングの基礎条件

    • 2016年09月20日2016:09:20:11:28:02
      • 片桐由喜
        • 小樽商科大学商学部 教授

◆はじめに

 
アクティブ・ラーニングという言葉を知っている方は、かなりの教育通である。
 
アクティブ・ラーニングとは、「教員による一方的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称」である 。端的に言えば、教師の話を黙って聞く、いわゆる座学ではなく、児童、生徒、学生たち(以下、まとめて生徒)が授業時間中に討論や体験などを積極的に行う授業形式である。アクティブ・ラーニングの効果は一般的に自ら課題を見つけて、それを解決する能力の育成にあると説明される。
 
中教審特別部会は今年8月1日、次期学習指導要領の全体像となる審議まとめ素案を示した。同素案のポイントの1つがアクティブ・ラーニングを全教科で導入することである。予定では小学校は2020年度、中学校は2021年度、そして、高校は2022年度から実施される。
 
この素案を見て、現場の教師たちは戦々恐々とし、あるいは、既に徒労感を感じているかもしれない。筆者も、今とさほど変わらない教育環境にアクティブ・ラーニングを導入しようとすることは、荒れた土壌に種をまく感が否定しきれない。
 
 

◆教育環境

 
1学級あたりの生徒数は、もちろん、団塊の世代が子供の頃よりも、そして、数年前よりも少なくなっている。悲しいかな、その理由として教育の質の向上よりは少子化となったとの説明がずっと説得力がある。
 
しかし、それでも日本の1学級あたりの生徒数はOECD諸国と比較した場合、なお多い部類に入る。図1はOECD諸国中、主要先進国の小学校、中学校の1学級あたりの生徒数である。OECD諸国中、小学校で日本より生徒数が多い国はチリのみであり、中学校については日本、韓国が最多である。
 
 
図1.1学級あたりの生徒数
出典:OECD Education at a Glance 2014
 
 
図2は1学級あたりの生徒数別の学級構成割合である。これをみると、小学校の場合26人以上が7割、中学校は31人以上が7割を超える。さらに言えば、日本は大規模学校が多い。そして、これは近年の公立学校の積極的な統廃合をみると、この傾向がいっそう進むことが容易に理解される。
 
 
図2.2014年度 収容人員別学級割合(単位:%) 
出典:学校基本調査報告書
 
 
文科省は「学級規模と学力との間に密接な関係は見いだせない」 、「学級規模と暴力行為・いじめ・不登校の発生件数に密接な関係は見いだせない」 として、現状をそれほど悪い状況とは考えていないようである。
 
先に述べた団塊の世代や1学級45人時代にあっても、成績優秀な生徒たちは多く、また、いじめなどは昔よりは今のほうがずっと深刻である。それゆえ、文科省のいうことはもっともである。したがって、制度として1学級あたりOECD平均並みの生徒数まで減らすという政策も、しばらくは見られないであろう。
 
しかし、アクティブ・ラーニングはこれまでの授業のやり方では、到底うまくいかない。1学級あたり50人いても勉強する子はするし、1学級20人でもいじめはある。これらにとって人数は一次的な要素ではない。しかし、アクティブ・ラーニングは1学級あたりの人数が少ないことがその基礎条件なのである。
 
 

◆教える力

 
もう一つ、アクティブ・ラーニングの実施に欠かせないのが教師の教育能力である。能動的な授業の運営は言うほどに易しいものではない。私語をしないようにと躾けられてきた生徒たちに、さあ、意見はありませんか?、活発に議論してくださいと言って、それが可能であろうか。
 
大学でのゼミはアクティブ・ラーニングの典型であるが、「今日のゼミはうまくいった」と思える日は多くない。学生の不勉強もあるが、それ以上に、教師である私の力不足が大きく影響している。
 
アクティブ・ラーニングの成否は教師の教育能力に大きく左右されることは間違いない。これに関し、文科省は近年の教員採用倍率の低下をみて、教員の質の低下を懸念しているとのことである。平成12年度には12.5倍であった教員採用倍率が同26年度に4.1倍まで下がったことに大きな危機感を感じているのだろう。
 
かつて、人気職業の1つであった教師という職業が魅力を失った原因はなにか。それを抽出し、魅力阻害要因を排除し、教師が再び、優秀な若者にとって魅力的な職業になれば、アクティブ・ラーニングもうまく軌道に乗るだろう。
 
荒れた地を耕し、豊饒な大地になったところに種をまけば、大きく花が咲くはずである。アクティブ・ラーニングが当たり前の授業風景となるために、まずは教育現場を豊かな環境に整えることが先決である。
 
 
 
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片桐由喜(小樽商科大学商学部 教授)

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