コラム

    • 情報の非対称性

    • 2016年12月13日2016:12:13:08:12:24
      • 片桐由喜
        • 小樽商科大学商学部 教授

医学の知識、医療行為に関して有する知見や経験値の量は医師と患者では比べ物にならないくらいの大きな格差がある。それゆえ、情報の非対称性といえば、医師と患者の間に存在するそれを一般に思い浮かべる。

ところで、問題はその格差の大きさではない。それによって情報弱者である患者が不利益に晒されることが問題なのである。医師が職責と職業倫理に忠実に診療行為を行えば、情報の非対称性があろうとなかろうと患者に何ら不利益は生じない。情報量で優位に立つことをこれ幸いとする事態の存在が、情報の非対称性を否定的にとらえる理由である。療養担当規則の制定や診療報酬の公定価格制は、この情報の非対称性による弊害を防ぐためでもある。

しかし、情報の非対称性は医療の世界の専売特許ではなく、この社会のあらゆる場面に存在している。

11月29日の衆院本会議で、年金制度改革関連法案が賛成多数で可決された。もっとも、この可決に対しては強行採決であると野党が強く反発している。この法案を政府・与党は「将来年金確保法案」と呼び、野党は「年金カット法案」という。

日本の公的年金制度は少子高齢社会と言う立法当初は考えもしなかった社会現象に直面し、数次にわたる改革を余儀なくされている。昔のままでは、たちゆかないことは誰しもがわかっている。しかし、どこをどう直せば、持続可能な年金制度となるのか、現役世代と高齢者世代がどちらも満足するような制度となるのかは超難問であり、正解をもとめて右往左往しているのが現状である。

なぜなら年金の仕組みそれ自体が複雑であり――いったい、どれだけの人がマクロ経済スライドを理解しているだろうか?――、かつ、年金制度にとっての大きな変数である人口動態や経済情勢の将来予測は困難だからである。つまり、年金制度の理解に際しても情報の非対称性が存在することになる。この場合の強者は政策立案者、弱者は一般の国民である。

今回の年金改革法案が「将来年金確保法案」と「年金カット法案」のどちらであるかを明確な根拠をもって説明できる者は多くないはずである。そこで、今般の年金改革法案の性質が十分に理解できない者は、支持する政党の主張を信じて、法案に対する立場を決めることになる。

上記療養担当規則などのような情報の非対称性による弊害を防ぐ装置は年金制度には見当たらない。あえて言えば、その装置の役割を果たすのは国民各自が選んだ政治家と言うことになろうか。

年金制度は親世代や私たち自身の老後を支える重要なセイフティネットであるにもかかわらず、高度に技術的、専門的であるがゆえに、制度の仕組みに言及できないことが多い。できることは私たちの代弁者となる者を正しく選ぶことくらいだろう。しかし、これが年金制度並みに難しい。



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片桐由喜(小樽商科大学商学部 教授)

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