コラム

    • 薬価毎年改定に思う

    • 2017年01月10日2017:01:10:06:55:39
      • 楢原多計志
        • 福祉ジャーナリスト

中身が何だかよく分からないうちに薬価制度の毎年改定が決まった。
 
問題提起した経済財政諮問会議の民間議員は「画期的だ」「感謝する」と官邸の指導力を称えている。それでいいのか?
 
 

▽シンゴジラ級

 
「薬価制度の抜本改正は30年ぶり。全品調査の毎年調査は画期的なものだ。塩崎(厚生労働)大臣はじめ、関係者の方々には非常に感謝したい」「私からも感謝申し上げたい」。昨年12月21日、経済財政諮問会議の席上、民間議員を務めるエコノミスト2人は政府の決断を絶賛した。見直しの中身が具体的に示されてないのに「画期的」と言われても…。
 
これまで薬価は中央社会保険医療協議会(中医協)の意見や経済状況などを基にして総合的に判断して改定されてきた。毎年改定の是非も議論されてきたが、研究開発費など企業秘密や複雑な流通経路などが厚い壁となり、見送られてきた。一方、社会保障費の伸び抑制による財政再建を悲願とする財務省や経済団体の不満はますます募っていた。
 
ところが、今回は官邸主導の下、諮問会議の意向を汲み、一気に決着が図られた。状況を一変させたきっかけは、新型がん治療薬「オプジーボ」の想定外の売れ行きと、厚労省の拙速だ。
 
オプジーボは悪性黒色腫(メラノーマ)のほか、非小細胞肺がんや腎細胞がん、胃がんなどの治療薬として承認されるや、売り上げが急増。発売元の小野薬品工業の2016年9月中間決算発表によると、オプジーボの受上高は前年度同期比18倍の533億円、純損益231億円となり、会社として実に11年ぶりの最高益となる見通しだという。
 
しかし、患者や保険者からみれば、100㌘約73万円(年間約3,500万円)の価格は「異常なほど高い」(健保組合)と映る。昨年来、新聞紙面には「超高額抗がん剤」の文字が使われ始め、中には保険財政を破壊する「シンゴジラ級薬価」と揶揄する日刊紙も現れた。
 
厚労省の対応は鈍かった。薬価そのものは中医協で審議済みということもあるが、高額薬はオプジーボに限らいないことや、年間の販売額が1千億円~1,500億円以下の薬剤の場合、最大25%引き下げることができるルールがあることが背景にあった。要は現状認識や危機感が圧倒的に不足していたのだ。
 
オプジーボについて、予定通り、25%引き下げルールを適用する方向で中医協から合意を取り付けたが、販売価格の内外格差(100㌘当たり、日本約73万円、米国約30万円、英国約15万円)が表面化し、患者や保険者の不満がさらに強まった。最終的に今年2月に50%引き下げることで収束したが、批判は厚労省にとどまらず、審議した中医協やメーカーへと波及した。
 
 

▽腰砕け

 
経済財政諮問会議の対応は早かった。厚労省と中医協へ批判が収まらないとみるや、12月7日の諮問会議で民間議員は2017年度政府予算案に絡め、医療費抑制策として「全薬品・毎年改定」を提案した。2年に1回の薬価改定の頻度を増やすことによって薬剤費節減を図ろうというのだ。
 
製薬業界や日本医師会などから反対の声が上がり、厚労省も抵抗したが、官邸から予算編成に絡めて毎年改定の受け入れを強く求められると、腰砕けとなり、早々に条件付き受け入れを模索し始めた。製薬業界や中医協は完全に梯子をはずされた格好だ。
 
12月19日、安倍首相の指揮で、菅官房長官、麻生財務相、石原特命担当相(経済財政政策)、塩崎厚労相の4大臣会議が開かれ、「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」で合意が成立。毎年改定が決まった。
 
方針のポイントは (1)効能追加などを伴う一定規模以上の市場拡大に速やかに対応するため、新薬収載の機会を最大限活用して年4回薬価を見直す (2)全品を対象に薬価調査の中間年にも大手医薬品卸事業者を対象とする調査を実施し、価格かい離の大きな品目について薬価改定を行う──など。
 
塩崎厚労相は記者会見で「薬価調査の見直しは17年度中に結論を得る」「薬価の毎年改定に合わせてDPC包括点数も見直さざるを得ない」と述べたが、毎年改定の対象や判断基準、手続きなどは「これから決める」と言う。4大臣会議は最初から「毎年改定の結論ありき」だった。
 
 

▽官邸の威

 
今回の薬価毎年改定は支持率の高い安倍政権ゆえに可能だったとも言える。アベノミクス効果が疑問視される中で、オプジーボ価格問題を挽回の好機ととらえ、懸案だった薬価制度見直し(薬価毎年改定など)を歳出抑制に繋げた。
 
菅官房長官の剛腕を称賛する与党議員もいるが、有識者や医療関係者らで構成する中医協の意見や判断を待たずに、財政論で押し切って結論を引き出すやり方は強権的で危険極まりない。社会保障制度の見直しは絶えず必要ではあるが、独善的なやり方は制度不信や政治不信を増長しかねないからだ。国民に議論の内容や経過を適時示し、見直しの必要性などについて納得してもらうことが大切だ。
 
諮問会議で民間議員の1人は「来年(今年)は診療報酬改定に向けた検討が具体化する。(中略)費用対効果をしっかり検証する観点から、院内、院外処方の在り方、技術料の在り方についてもしっかり議論させていただきたい」と言い切った。官邸の威を借りて「次の戦いは診療報酬・介護報酬の同時改定だ」と中医協などの審議会や関係業界に宣戦布告したつもりか。
 
国民の命や健康、老後の暮らしに直結する社会保障制度の重要課題について、中身をろくに議論せず、国民の納得も得ず、「おカネがないから…」「おカネのある範囲で…」と片付けるやり方を政策とは言わない。
 
 
 
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楢原多計志(関東学院大学 非常勤講師)

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