コラム

    • 小池百合子氏だけが国会で警鐘を鳴らした核の脅威「EMP攻撃」に備えよ

    • 2017年01月24日2017:01:24:09:44:56
      • 榊原智
        • 産経新聞 論説副委員長

日本政府が見落としている、核兵器をめぐる安全保障上の問題を指摘したい。
 
それは、核兵器を、高度30キロメートルから数百キロメートルもの高高度(高層大気圏)で爆発させることによる「電磁パルス(EMP)攻撃」への防御策をなんら講じていない点である。
 
この種のEMP攻撃は、高層大気圏で核爆発を起こすことで可能となる。高高度での爆発であるため、核兵器の爆発から生じる熱線、爆風、放射線によって直接死傷する人は出ない。にもかかわらず、攻撃対象国の文明社会を崩壊させることができる。たとえば日本であれば、何千万人もが餓死に追い込まれる恐れが高いのだ。
 
原子爆弾や水素爆弾による攻撃について、日本人はどうしても広島、長崎の惨禍を連想してしまう。広島は上空600メートル、長崎は上空500メートル付近で原爆が爆発した。
 
一方、EMP攻撃は、核兵器を敵国の上空30キロメートルから数百キロメートルという高層大気圏で爆発させる。第2次大戦当時の米国ではとれなかった攻撃方法だ。
 
この核爆発によって、強力なEMPが発生し、相手国のきわめて広い領域にわたって、対策を施していない電子機器・電子回路に過剰な電流が流れる。電子機器・電子回路は破壊されたり、誤作動をおこす。
 
この現象は原爆開発時から予想はされていたが、東西冷戦に突入した1950年代の核実験競争を通じて、米ソ両国が確認した。広範囲にわたって電子機器が故障したからである。他の核兵器保有国も当然、把握している。
 
広島市国民保護協議会専門部会の報告書(2007年)は、「米国の中央に位置するオマハ上空500キロメートルで核弾頭が爆発した場合、国中の送信機器、送電システム、コンピュータ、レーダーなどが、落雷の100万倍とも言われる急激な電圧上昇に直撃されて機能不全に陥」ると指摘している。この場合、恐らく、カナダやメキシコの一部も巻き添えになるだろう。
 
高層大気圏でたった一発の核兵器の爆発があれば、米国のような広大な国家でも、社会が崩壊するような危機に見舞われる。世界規模でEMP攻撃があれば、文明が滅びかねない。
 
防衛省防衛研究所の研究(一政祐行主任研究官「ブラックアウト事態における電磁パルス(EMP)脅威の諸相とその展望」『防衛研究所紀要』2016年2月号)によれば、EMP攻撃によって「広域にあらゆる電力・通信インフラが不可逆的にダウンしていく大停電現象」である「ブラックアウト事態」が発生すると予想している。
 
それによれば、国中の発電所や送電網が全面的に機能不全となる。電話、鉄道輸送、無線通信、コンピューターシステム、その他の輸送網が停止する。飲料水や燃料の供給は止まり、商取引も麻痺する。
 
電子制御である乗用車やトラックはもちろん、ガソリンスタンドのポンプも動かない。
 
心臓ペースメーカーは加熱し、使用者を痛めつける。放送局には非常用電源があるかもしれないが、燃料供給が止まるため、数日で放送が出来なくなる(前掲論文1、2、11頁)。
 
これが何を意味するか。日本であれば、電力がまだなかった明治初期や江戸時代に突然戻ってしまうことを意味する。それも一度に全国がそうなってしまう。
 
電力も輸送網も止まり、自動車も鉄道も使えなければ、物流はなきな等しく、冷蔵庫ももちろん機能しない。1億2,000万人は飢餓にさらされるだろう。日本中がこのような状態になるため、政府はなすすべもない。運良く外国から支援の手がさしのべられるとしても、人口の数%が救われれば上出来ではないか。
 
スマートフォンも使えない。インターネットが機能し続けるかもわからない。多くの国民は、何が自分たちの身に災いをもたらしたのか、知る術がないだろう。
 
電子機器にEMP攻撃対策を施すことは技術的に可能だ。ケーブルを金属箔で覆ったり、半導体の一部を真空管で代替する仕組みをとればいい。
 
自衛隊や警察は真っ先に対策をとっておくべきだが、それだけでは意味がない。民間も含めオールジャパンで対策をとらなければ、自衛隊や警察が守るべき国家・社会自体が崩壊し、国民が飢え死にしてしまうからだ。
 
弾道ミサイルによる核戦力を確立している中国、ロシアはEMP攻撃能力を有している。北朝鮮も早晩、その能力を備えるだろう。
 
「防衛白書」は、北朝鮮の核・弾道ミサイルの脅威を訴えるが、高高度核爆発によるEMP攻撃の脅威については沈黙している。これでは、他の省庁が重い腰を上げるとは思えない。
 
防衛装備庁は「平成28年度 中長期技術見積り」において、EMPに言及はしている。
 
将来装備技術の「精密攻撃武器技術分野」に「EMP弾技術」の項を設けて、「電磁パルスを発生して照射し、敵部隊の指揮・統制・通信機能等の電子機器の機能を無力化する弾薬の技術である。この技術は既に研究に着手しており、おおむね5~10年後に技術課題を解明し得る見込みである」としている。
 
さらに、「電子攻撃防御技術分野」において「電磁パルス防護技術」を挙げている。そこにはこうある。
 
「強力な電磁バルスは、装備品に電子機器に損傷を及ぼし、指揮・統制機能を無力化する効果がある。このような電磁パルス(EMP)攻撃等に対応するために電子機器の重要部位を防護する技術が重要であり、所要の研究を経ることで、おおむね10年後に電磁シールド等の技術を解明し得る見込みである」
 
これらは、自衛隊が攻撃や防衛に使う防衛装備品としてイメージされていることがわかる。もちろん、非核兵器としてのEMPだ。核爆発ではなくてもコンデンサを使って極めて局所的にEMP攻撃を行うことはできるという。防衛装備庁は、非核のEMP兵器やそれへの対応を想定しているのだろう。
 
その一方で、高高度核爆発によるEMP攻撃に対処しなければならないという問題意識は見られない。高高度核爆発によるEMP攻撃は、国家全体に壊滅的な打撃を加えるという意味で、真っ先に対応を構想しなければならないはずである。
 
国会で、高高度核爆発によるEMP攻撃の脅威に警鐘を鳴らした議員はこれまで1人しかいない。自民党衆議院議員時代の小池百合子東京都知事(元防衛相)である。
 
小池氏は、民主党(現民進党)の鳩山由紀夫政権当時の2010年1月22日、衆院予算委員会で、次のように質した。
 
「北朝鮮の核開発がいつも注目されますが、EMP爆弾というものがございます。テポドン、ノドンなどの弾頭につけるだけなんですね。非常に簡単に作れてしまう。この電磁パルスが日本を襲ったときにどうなるか。金融機関であるとか交通、ありとあらゆる社会的なシステムが停止してしまう。(略)これについての研究、どれくらいの被害を想定し、どのような法律が必要で、いつまでに政府としてどこが中心になって何をやるのか」
 
北澤俊美防衛相(当時)は、「極めて深刻な脅威であるという認識は致しております」と述べながらも、「22年度予算において、サイバー防護分析装置の換装に必要なシステム設計を計上している」と、いささかずれた答弁を行っている。
 
野田佳彦政権当時の2012年11月12日にも小池氏は、この問題を衆院予算委員会で取り上げ、政府の対応を質した。
 
このときの森本敏防衛相(当時)は、「我が国の防衛システム、特に指揮通信、情報機能に重大な影響を与える可能性がありますので、まだこのような爆弾が実現しているわけではありませんけれども、この問題については鋭意今まで研究してきました。平成15年から18年にかけて、この爆弾に対する防護装置として実験を繰り返し、研究し、試作をして、少なくともこれを電子機器の防護装置によって対応できるという実験に一応成功し、これをどうやって装備化するかということについて現在検討中であります」と答弁した。
 
一定の研究は進めているが、自衛隊または自衛隊の装備、通信体系の防護という発想が強い。国家全体を防護する発想には立っていないことがわかる。
 
防衛省自衛隊だげではなく、全ての省庁、自治体、企業、家庭、個人は、高高度核爆発によるEMP攻撃を、自らに直接及ぶ脅威ととらえ、対応をとらねば危うい。
 
もちろん、音頭をとるべきは政治の仕事だ。安倍晋三政権がEMP攻撃の脅威を検証・算定し、国を挙げて対策をとる方針を打ち出すべきではないだろうか。
 
 
 
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榊原 智(産経新聞論説委員)

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