コラム

    • 「こども保険」は政策として成り立つのか

    • 2017年04月04日2017:04:04:06:21:56
      • 河合雅司
        • 産経新聞 論説委員

年間出生数がついに100万人の大台を割り込む見通しとなった。厚生労働省の推計 によれば2016年は98万1千人にとどまるという。
 
多くの日本人が少子化を強く意識するようになったのは、前年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に出産する子供の推計値)が丙午の年を下回ったことが分かった1990年のことだ。いわゆる「1.57ショック」である。今回の「ミリオン・ショック」も、日本の大きな節目として記憶されることになろう。
 
だが、真に憂慮すべきは100万人割れではなく、その後も出生数減少の流れが止まらないことである。国立社会保障・人口問題研究所によれば40年後には50万人にも届かず、100年も待たずして25万人を割り込むという。
 
出生数の減少が止まらないのは、これまでの少子化の影響で「将来の母親」となる女性の数が減っているためだ。成熟国家となった日本が「多産社会」に戻ることは考えづらいが、仮に今後ベビーブームが到来したとしても、簡単には出生数の増加とはならない。
 
決め手となる対策がなかなか見つからない中、自民党の小泉進次郎衆院議員など若手議員による「2020年以降の経済財政構想小委員会」が、企業や勤労者が保険料を負担し、幼児教育・保育の無償化などに充てる「こども保険」の創設を打ち出した。
 
子育てを社会全体で支え合う仕組みだという。保険料は厚生年金保険料に付加する形で徴収。当面は、会社員の個人負担分と事業主負担分それぞれ0.1%の計0.2%分を上乗せする。国民年金の場合は月額160円を付加して徴収する。これにより約3,400億円の財源を確保することが可能で、未就学児への児童手当に1人あたり月額5,000円の給付金を加算支給できるとの説明である。
 
将来的には保険料率を労使それぞれ0.5%に引き上げることで財源を1兆7,000億円に増やし、1人当たり月額2万5,000円の給付金を支給する。これにより幼児教育や保育料を実質無償化できると皮算用している。
 
アイデアとしては面白い。「高齢者に偏重してきた社会保障の在り方を全世代型にシフトする政治的メッセージ」という小泉氏たちの意気込みも評価したい。だが、「こども保険」を制度として考えたとき、疑問符を付けざるを得ない。
 
そもそもの問題として、保険として成り立つのか怪しい。保険というのは、加入者の何らかのリスクに備えるためのものだ。すなわち、保険料を負担するからには何らかのリスクが回避もしくは軽減されなければならない。しかし、「こども保険」は負担と受益の関係が明確ではなく、保険としての理念が分からない。
 
子供がいない人や子育てを終えた人の何のリスクを回避、軽減するというのだろうか。彼らは児童手当を受け取ることができないのに、「こども保険」の保険料だけを支払うことになる。これでは、とても理解が得られないだろう。
 
これに対し、小委員会側は「少子化に歯止めがかかれば、経済や財政によい影響をもたらし、社会保障の持続可能性も高まる。すべての国民に大きな恩恵がある」との理屈を展開しているが、あまりに漠然としている。これだけでは個々の負担と受益の関係を説明するには不十分だ。それでも幅広い世代からお金を集めるというのなら、保険ではなく税金として徴収するのが筋であろう。
 
第2の疑問は、「こども保険」の保険料を年金保険料に上乗せして徴収するという手法だ。これでは負担するのは現役世代のみとなり、年金受給者は対象外とになる。それで小委員会が目指す「全世代型の社会保障へのシフト」と言えるのか。
 
第3の疑問は、そもそも子育て の何がリスクなのかという根本的な問題だ。提言は「必要な保育や教育等を受けられないリスクを社会全体で支える」とする一方、「月2.5万円の上乗せ支給により、就学前の幼児教育・保育を実質的に無償にすることが出来る」ともしている。ここでいう「保育や教育等を受けられないリスク」とは、「親の負担能力を超えるほど保育料や授業料が高価で、その機会を逸してしまっているというリスク」ではなく、「無償で受けられないリスク」ということなのだろうか。
 
保育料や教育費を支払えないほど親が低所得なのであれば、それは税金を財源とする福祉施策の予算で対処すべきである。なぜ、十分な支払い能力のある親にまで、子供がいない人を含む全体が負担する保険料を使って、無償保育や無償教育の機会を用意しなければならないのか理解に苦しむ。
 
小泉氏は自民党内で検討が進んでいる「教育国債」構想を「負担の未来へのツケ回し」と批判し、「こども保険」をその対案とする考えを示しているが、こうして見てきただけでも「こども保険」を制度化するにはあまりにも課題が多い。
 
それよりも、出生数がここまで激減してきた実情を考えれば、少子化対策は国家の基本政策として優先的に予算を確保すべきであろう。それは目的税化した税財源によって賄うのが王道だ。例えば、2019年10月に予定されている消費税率の引き上げを10%とせず、新たな少子化対策分1%を加えた11%に引き上げることである。
 
とはいえ、安倍晋三政権から消費税率の再引き上げへの熱意は感じられないのも現実だ。そこで別の財源捻出策を提案したい。児童手当の傾斜配分である。 思い切って第1子、第2子に対する児童手当を廃止あるいは大幅縮小するのだ。これで捻出した財源を使って、まずは保育所を大幅に整備し、待機児童をなくすのである。
 
国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の出生動向基本調査によれば、3人目以降の出産を見合わせた夫婦の7割が「お金がかかりすぎる」を理由に挙げている。ならば、児童手当は第3子以降に限定すればよい。2010年の社人研の調査によれば、子供が3人以上いる夫婦は全体の21.6%にすぎない。対象となる子供数は少ないのだから1人あたり1千万円規模の大胆な支援を行ったってよい。2005年度版「国民生活白書」によれば、子供1人にかかる費用は、第2子が第1子の8割、第3子は6割程度で済むという。これならば、第3子以降を断念する大きな理由である大学進学までの教育費なども無料にできるのではないか。
 
この場合、すべてを現金給付したのでは親の無駄遣いにつながる恐れもあるから、現金給付は一部とし、残りはサービスの無償提供と組み合わせとする。
 
もう一つ提言したいのが、20代で出産した人への傾斜配分だ。晩婚・晩産化が進んで「3人目を産もう」とはなりにくいが、3人目以降が生まれなければ少子化は止まらない現実もあるためだ。
 
繰り返しとなるが、日本の少子化は危機的状況にある。その対策が急がれることは多くの国民が理解するところだ。そうした中で「教育国債」や「こども保険」といった奇策が登場するというのは、政府・与党が消費税増税をはじめとする新たな税財源確保から逃げていることが大きな理由だ。今後も増税という選択肢を放棄し続けるのなら、思い切った発想の転換による大胆な予算編成で対処するしかない。有効な対策をとれないでいるうちに、出生数は手の施しようがないほどに減ってしまう。
 
 
 
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河合雅司(産経新聞 論説委員)

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