コラム

    • 日本の科学技術が中国・北朝鮮の軍事力強化に利用される悪夢に備えよ

    • 2017年04月25日2017:04:25:07:06:23
      • 榊原智
        • 産経新聞 論説委員

科学者を代表する国の特別の機関である日本学術会議がこのほど、軍事科学研究を「絶対行わない」とした過去の声明を「継承する」と宣言し、大学などの研究機関に対して、軍事に利用される研究の自己規制を求める「軍事的安全保障研究に関する声明」を発表した。
 
しかし、学術会議は日本の法律で設置され、国民の税金で運営されている組織である。安全保障をめぐって他に考えるべきことがあるはずだ。
 
声明は、防衛省が平成27年度(2015年度)に創設した、防衛と民生の双方に応用可能なデュアルユース(軍民両用)技術研究を支援する「安全保障技術研究推進制度」を批判した。
 
その上で、大学などの研究機関に「軍事的安全保障研究と見なされる可能性のある研究について、その適切性を目的、方法、応用の妥当性の観点から技術的・倫理的に審査する制度を設ける」よう求めた。
 
この声明は自衛隊の否定に等しい。日本の独立と国民の安全を守るため活動している自衛隊の装備の充実を妨げる結果につながるからである。
 
緊迫の度を増している北朝鮮情勢や、尖閣諸島の奪取や南シナ海での覇権をねらう中国の動向を、日本学術会議の面々が知らないはずがない。にもかかわらず、日本の軍事科学研究を妨げる声明を出すのは驚くべき神経だ。北朝鮮や中国の政府、軍部を喜ばせたいのだろうか。
 
学術会議や政治家に求めたいのは、国民を守るための軍事科学研究は進めたほうがよい、という現実的視点を持つことだ。それに加え、日本の科学技術の成果が、日本の安全保障を脅かす国々の軍事力を強めることに使われないよう、意識と制度の改革を進めてほしい、という点を重視してほしい。本稿はとくに後者について記したい。
 
自民党拉致対策本部は4月13日、安倍晋三首相に対して「北朝鮮による拉致被害者全員の帰国実現のための提言」を提出した。
 
13項目にわたる提言の筆頭は、北朝鮮を渡航先とした再入国禁止の対象者拡大だった。
 
「一、北朝鮮を渡航先とした再入国禁止の対象者を更に拡大し、朝鮮総連の中央常任委員会委員及び中央委員会委員、核やミサイルの技術者に加え、応用物理学、応用コンピューター科学、地理空間ナビゲーション、原子力工学、航空宇宙工学、航空工学、先端の材料科学、化学工学、機械工学、電気工学及び産業工学を含む関連分野等、国連安保理決議に例示された北朝鮮の機微な核活動及び核兵器運搬システムの開発に寄与し得る者も対象とすること」である。
 
再入国禁止の拡大対象のほとんどが科学者、技術者である。
 
遅きに失した面もあるが、自民党の危機感を物語っている。日本学術会議はなぜこうした問題意識を共有せず、国民を守る自衛隊の手足を縛ろうするのだろう。
 
産経新聞の平成28年(2016年)5月2日付朝刊は、「京大准教授に対北制裁 核研究で総連系から奨励金受け取る 再入国禁止措置の対象に」というニュースを報じた。
 
この記事によると、京都大学の原子炉実験所の男性准教授はかつて、北朝鮮や朝鮮総連と密接な関連がある「金万有科学振興会」から、核技術に関する研究で奨励金を得ていた。日本政府は、「朝鮮総連幹部や、傘下の在日本朝鮮人科学技術協会(科協)構成員を対象に実施している北朝鮮渡航後の再入国禁止措置に対象」にこの准教授を含めていたのである。
 
「北朝鮮が日本の国立大の核技術に触手を伸ばしている実態が浮き彫りになった」のであり、「(日本の)公安当局は、京大の朝鮮人科学者人脈が、大量破壊兵器などへの転用が可能な北朝鮮の科学技術開発と密接な関連があるとみている」のだという。
 
記事は「政府が准教授を『再入国禁止措置』の対象とした背景には、国立大の『核の頭脳』が北へ流出することを阻止する狙いもあるとみられる」とも分析した。
 
科学技術の流出をめぐっては、日本には苦い「経験」がある。
 
北朝鮮の例をみてもわかるように、核戦力を作り上げるには、核兵器自体の開発に加えて、核兵器を積んで相手国へ撃ち込むための運搬手段、投射手段となるミサイルの開発が極めて重要になる。
 
中国も同様だった。
 
東大で学んだ「頭脳」が流出し、核戦力構築に突き進んでいた当時の中国の弾道ミサイル開発に協力した疑惑があったのである。
 
今からおよそ半世紀前の産経新聞昭和41年(1966年)10月28日付夕刊は、「東大で育った中共の科学者 核ミサイル研究のメンバー? 3年前に帰国 昭和15年から留学 台湾出身の銭博士」というニュースを社会面で報じ、博士の顔写真を掲載した。
 
「中共」とは、今では新聞で使わない用語だが、中国共産党が支配する中華人民共和国のことを指す。
 
中国の北京放送はこの日未明、「誘導ミサイル核兵器の発射実験に成功した」と発表していた。
 
産経新聞の同日朝刊は1面トップで「中共、核ミサイル実験に成功 北京放送 正確に目標へ誘導」と報じた。さらに「核、率先不使用を宣言」、「"実戦段階"にはいる 米の見方 日本などへの影響重視」、「危険な実験に強く抗議 外務省の非公式見解」、「解説 意外に早い小型化」との見出しの記事を掲載した。今の北朝鮮の
核・ミサイル開発同様の大ニュースだったのである。
 
同日夕刊で産経新聞が報じた銭博士は、「銭福星」といい、戦前の昭和15年(1940年)に台湾から上京して旧制1高に入学し、27年(1952年)に東大工学部応用数学科を卒業。その後、東大航空宇宙研究所でロケット工学を学び、台湾出身だったが昭和38年(1963年)に中国へ「帰国」した。
 
記事から引用したい。
 
「中共は27日、ついに核ミサイルの実験に成功し、世界をおどろかしたが、この核ミサイル開発にあたっている中共科学者のほとんどは、中共革命後、米国から帰国した元カリフォルニア工科大学教授、銭学森博士ら欧米からの帰国学者や留学生といわれている。ところがこの帰国学者のグループの中に東大宇宙航空研究所でロケット工学を学んだ台湾出身の"留学生"もまじっているのではないかとみられ、"平和ロケット"開発ひとすじにすすんできた同研究所の教授陣は、このニュースを聞いて、複雑な表情だ」
 
東大宇宙航空研究所で銭福星博士を指導したのが、河村竜馬教授だった。後に、日本航空宇宙学会の会長を務めた人だ。
 
河村教授は産経新聞に対し、「当然台湾へ帰ると思っていたところ、中共へ帰ったのでおどろいた。銭博士はミサイル開発にたずさわるにはじゅうぶんな能力のある人だ。中共核ミサイル実験成功のニュースを聞いて、わたしは"科学には国境はないが、科学者には国境がある"というパスツールのことばを思いだした」などとコメントした。
 
記事は「河村教授らによると、銭福星博士は東大宇宙航空研究所に十年あまりいて、空気力学を中心に航空機、ロケットの基礎的研究をしていたから、中共核ミサイル研究グループの主要メンバーとして活躍しているものとみている」とし、さらに「銭博士が中共へ渡った(昭和)三十八年には、東大宇航研はカッパ9Mロケットを打ち上げ、高度三三七キロ、水平飛行距離三七〇キロを記録し、翌年にはラムダ3型が高度一〇〇〇キロの壁を突破、水平距離で一九〇〇キロを飛んでおり、銭博士はこれらの技術と情報の一部をもって中共へ渡ったものとみられる」と指摘した。
 
銭福星博士は、昭和61年(1986年)に、日本流体力学学会の学会誌である「ながれ」5号に登場し、中国「帰国」後の研究について語っている。銭福星博士は、「中国のミサイル・宇宙開発の父」といわれた銭学森博士が創立した中国科学院力学研究所で働き、「研究教授」となっていたのである。
 
学会誌「ながれ」の記事で銭福星博士は、核ミサイル開発に関わったことはおくびにも出していないが、「(19)60年代末から70年代初めにかけて」のこととして、「空気動力学研究及び発展中心」を「四川省の山奥に山を掘って作りました。国防的な意味があったのです」と語り、携わる研究が国防上、重要とされていたことを示唆している。
 
北朝鮮や中国が、日本の科学技術の成果を核ミサイル戦力の増強に使ったとすれば、大変な問題である。国際社会に対する日本の責任は重い。
 
これらを過去の話と片付けては日本が危うい。現在進行形の恐れはないのか。日本学術会議や政府、与野党は、日本の科学技術が日本を敵視する国々の軍事力強化に使われないよう真剣に対策を講じてほしい。学術会議はそのためにこそ徹底した議論を重ね、声明を出したほうがいい。
 
 
 
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榊原 智(産経新聞論説委員)

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