コラム

    • 従来型の経済理論で日本の需要不足が説明できるか?

    • 2017年06月13日2017:06:13:06:55:41
      • 佐藤敏信
        • 元厚生労働省勤務・久留米大学教授

◆マクロ経済学者たちの日本への提言

 
失われた90年代以降、日本の景気は持ち直しつつあるとはいえ、それ以前とは比ぶべくもない。
 
こうした状況に対して、政府の関与を含めて様々な提言がなされてきた。少し古いところではクルーグマンのインフレターゲット論であり、その後、バーナンキのヘリコプターマネー論などもあった。
 
最近では、スティグリッツらの提言が知られている。2016年5月に開催されたG7サミットの議長国である日本が、現下の世界的な経済状況に適切に対応するため、世界の経済・金融情勢について、内外の有識者から順次見解を聴取し、意見交換を行う「国際金融経済分析会合」を開催し、そこに招かれたのだ。
 
(首相官邸のサイトより)
 
スティグリッツ教授の提出スライドは、英文・和訳ともにネット上にアップロードされており、誰でも確認することができる。
 
詳細な発言内容が不明のため、スライドの情報のみからスティグリッツの主張を整理してみると、
 1)需要不足が問題であること、
 2)低金利政策も含めて、量的緩和政策はあまり意味がないこと、
 3)過去の景気刺激策はそれなりに意味があったこと、
 4)緊縮財政も意味が無いこと、
などのようだ。
 
 

◆需要不足の原因

 
筆者自身は、申すまでもなく経済学の専門家ではないので、あれこれと論評する立場にはないのだが、率直に言ってこれらの一連の提言には共感を覚えない。
 
そもそも、日本の現下の経済状況が「需要不足」によるものであり、それが景気刺激策で一定程度改善するというストーリーに納得がいかない。さりとて、日銀、財務省による、低金利政策にもそれほどの理解はできない。
 
日本のように高度に成熟した社会において、需要不足が生じているとしたら、その原因は何だろうか。
 
(1)老後不安
一つ目は、年金や後期高齢者医療の持続可能性を巡る老後への漠然とした不安ではないか。最近は寿命の延伸による高齢化リスクで「下流老人」なる言葉まで生まれて、さらなる不安を掻き立てている。
 
筆者は、実は生損保会社や金融機関の金融商品販売のためのプロパガンダの要素があると睨んでいる。実際、東洋経済や週刊ダイヤモンドのように比較的掘り下げた記事を掲載する雑誌においては、日本の年金制度と支給額、医療制度と高額療養費などを分析して、「世界各国とも比較して、巷で言われるほどには日本の制度は悪くない。」ということを繰り返し強調している。
 
(2)買いたい物がない
二つ目は、あまり指摘する人がいないのだが、実は「買いたい物」がないということである。それも「日本製」で買いたい物がないということだろう。振り返ってみると、高度成長期には明確に買いたい物が存在した。三種の神器(白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫)であり、その後の3C(クーラー、カラーテレビ、自動車(カー))である。
 
その後、日本企業は、消費者を魅了し、市場を新たに開拓するような商品を次々に発表する。ソニーのトランジスタラジオやウォークマンはよく知られているところだが、シャープの1964年のオールトランジスタ電卓、東芝の1987年のラップトップパソコンなどは、それぞれ世界初である。世界初ではないまでも、日本企業は、これまで携帯電話の写メールやiモードやなど市場を牽引し席巻するような商品を送り出してきた。しかし、その勢いも急速に衰え、今や見る影もない。
 
(東芝の海外向けT-3100)
 
そうして考えると、今は、こうした誰しもが渇望するような商品はない。あってもそれは「外国製」である。パソコンはもちろんスマートフォンも、最近では薄型テレビにおいても日本製の影は薄い。家電も、掃除機の場合のルンバ(iRobot)、ダイソン、エレクトロラックスの隆盛にみられるように、日本製は押され気味である。
 
その理由は単純で、日本製は、消費者に訴求できる商品になっていないということだ。どう訴求できていないか。一つは消費者が使いこなせないような余計な機能を付加し過ぎる傾向にあること。その結果、外国製に比べて、数段価格が高くなるということ。もう一つはデザインが劣るということである。
 
日本製の失敗の例を二つ挙げておこう。シャープのロボット掃除機とパナソニックのスマホ連動冷蔵庫・洗濯機である。前者は、掃除機に挨拶すると大阪弁で答え、さらに本体には萌え系のキャラがプリントしてあるというものである。その結果、価格だけはルンバに匹敵するものになっている。掃除機に、掃除と関係のない応答機能は不要だし、萌え系キャラに至っては、消費者層の想定から間違っている。萌え系の好きな層と、掃除機に15万円(!)を支払える層とは全く異なっているはずだからだ。シャープという会社本体のその後は言うまでもない。
 
 
 
後者も「重症」である。開発者や販売者は、濡れた手でスマホを触ると落としやすいということもご存じないのだろう。第一、洗剤の投入量など、いちいちスマホで厳密に管理しないと大変なことになるというものではない。結局、自分で洗濯もしなければ冷蔵庫も使ってない人が、「スマート家電」とか「IoT」のような言葉にだけ反応して、送り出してきた製品なのだろう。ネット上でもさすがに「あきれた。」との声であふれている。
 
 
開発者も開発者だが、役員会で承認された上での販売かと思うと、そのセンスに絶望的な思いさえ抱く。しばしば「規制緩和で経済成長」との声も聞くが、これらの失敗が決して官庁による岩盤規制などのせいではないということを強調しておく。
 
一方、成功の例としてはアップル社の製品であろう。日本は世界中でもiPhoneの人気が圧倒的に高い国だが、発売当初はともかく、今ではそれほど先進的な製品を送り出しているとは言えない。おサイフケータイの機能の搭載もごく最近のことだし、日常生活防水も不完全。当然、ワンセグ、フルセグなどなし。何より、表面のガラスが割れやすいという致命的な欠陥を持っている。 
 
(渋谷のiCracked。アメリカ発のiPhoneやiPadの修理を行う第三者修理業者。その名の通り画面割れ中心にした専門ショップ。筆者撮影)
 
 
そして値段も高い。それでも売れる。余計な機能を削って、使い心地とデザインに注力しているからだ。日本の各社はこの点をもっと研究すべきだ。前述のルンバやダイソンも、ほぼ同様の理由で売れていると思われる。
 
(3)都市部の狭隘な住宅
さて、三つ目は、都市部における狭隘な住宅にあるのではないか。日本の都市部のサラリーマンは一生を住宅ローンに捧げ、その奴隷となるが、狭隘な上に住宅そのものの品質が低く、資産価値としても低い。いずれにしても、狭隘な住宅に住んで、そのローンに追われる中で、さらなる耐久消費財の購入が進むはずがない。
 
言うまでもないが、米国の場合は国土が広大で地価が安く、中古住宅の流通が活発。一方のヨーロッパは地震等の災害が少なく、したがって内外装のリフォームだけで、長年にわたって住宅を保持することが可能で、したがって実質的なハウジングコストが限りなく小さくなる。
 
本当の意味での消費の拡大は、高品質で一定以上の面積のある住宅に住み、3台目4台目の薄型テレビを買い、大型家具を購入しというところまで行かないと無理ではないか。今しも、人口減少が話題となり、むしろ住宅の個数だけでいうと供給過剰が懸念される状況である。どうせ財政出動をするのなら、あらためて、都市部における高品質でしかも資産価値のある住宅の供給に取り組んではどうか。
 
 

◆おわりに

 
いずれにしても、経済学者と称する方たちの浮世離れ的な提言には共感できない。縷々述べた日本の高齢化の実態や社会保障制度、日本製品の陥っている泥沼、それに住宅事情。こうしたことを十分把握し、踏まえた上で、実のある政策提言を行って欲しいものである。加えて日本の企業人の猛省も求めるものである。
 
 
 
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佐藤敏信(元厚生労働省勤務・久留米大学教授)

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