コラム

    • 建物を愛でる意義

    • 2017年07月04日2017:07:04:11:28:35
      • 林憲吾
        • 東京大学生産技術研究所 講師

私は、専門が建物や都市の歴史ということもあって、建物の良し悪しについてあれこれ考える機会が多い。そんなときは、「良し」も「悪し」もなるべく偏りなく意識するようにしている。しかし、普段何気なく建物を利用していると、意識に上ってくるのは、「使い勝手が悪い」「寒い」など、どうもマイナス面になってしまう。
 
気に入らないことは意識せずにはいられない。それが人の性質ではないだろうか。生活を快適でスムーズにしてくれることは無意識のまま残りやすく、生活を阻害する要素はすぐに意識にのぼってくる。これまでの経験を踏まえると、そう思えてならない。
 
 

◆地球研の建物

 
私が以前勤めていた総合地球環境学研究所(通称、地球研)は京都北区にあり、山裾の地形に沿って緩やかな曲線を描いた建物が印象的である。理学、農学、経済学、人類学、工学など、さまざまな学問分野の研究者が集い、地球環境問題の解決を目指した研究プロジェクトが実施されている。
 
ここの研究スペースは、全体が緩やかにつながった一続きの空間である。大学などでは一般的に研究グループや研究者毎に個室が割り当てられるが、地球研は個室で分断されず、研究者間の物理的な壁がない。文理融合を旨とする地球研のモットーに従ってそのようなデザインになっている。
 
研究スペース内観
 
実際、研究者間の垣根は低い。それは地球研を離れてみるとよくわかる。異分野への関心や研究者間の交流に物理的なデザインが一定の貢献をしていることは確かである。
 
だが、このスペース、評判はそれほどよくない。他人の動きが目に付き、声も筒抜けのため、集中力が削がれやすく、冷暖房の効率もよくない、という声が多い。
 
これには研究者の行動様式がバラバラであることが関係している。例えば空調は、建物全体を冷暖するには効率的だが、部分的に冷暖すればよいという状況には非効率な設計になっている。しかし、研究者は空間の使い方も利用時間もばらつきが大きいため、実際は後者に対する需要が大きい。
 
だが、そうした面はあるものの、この建物は全体的にはとてもよくデザインされている。自然との距離が近く、どこを歩いていても、中庭の木々や池、周囲の山々や空に視線が抜けるように創られている。間仕切りの少なさをうまく生かした開放感と心地よさがある。
 
もちろん、そのような魅力が利用している人の満足度を高めているのは間違いない。ただ、私の実感としては、やはりみんな建物の魅力は不満ほどには意識しておらず、そのため建物の価値はやや過小に評価されている、というものである。
 
地球研の中庭(撮影:三村豊)
 
 

◆愛でる効用

 
この実感がどこまで妥当かはわからないものの、冒頭で述べたように私たちはプラスよりもマイナスを意識しがちで、現状を過小に評価する傾向があったとすると、それを補正する何らかの活動が必要であろう。特にまちづくりにおいては、そうした活動の有無がまちの将来像を左右しかねない。
 
では、その活動とは何か。一言で表すならば、「愛でる」ことである。
 
「人はなぜ花を愛でるのか?」というシンポジウムが、地球研の属する人間文化研究機構の主催で開催されたことがある(同名の書籍に内容がまとめられている)。絵を描く、歌を詠む、花見をするなど、古来より人はさまざまな方法で花を愛でてきた。シンポジウムでは「なぜ花か?」が議論の焦点であったが、私は、愛でるという行為の働きに関心を持った。
 
たしかに花が美しく、人の心を惹きつけるから愛でるという面はある。だが、そもそも愛でるという行為は、鑑賞者の積極的な働きかけがないと成立しない。例えば、同じようにサクラがあってもイギリスでは日本のように花見をしないと、庭園史を専門とする白幡洋三郎さんは指摘する。
 
つまり、愛でるとは、鑑賞者が花の魅力を積極的に発見し、鑑賞者自身の認識を変えることによって、目の前の状況の価値を高める手段だといえる。ある風景を歌に詠んでも、風景そのものには何の変化も起きないが、その風景に対する親密さは一段と高まる。
 
こうした愛でるという行為を建物やまちに応用していくことが大事ではないか、と私は真面目に考えている。花を愛でるように、建物を愛で、まちを愛でることはできないか。それはマイナスよりになりがちな、まちや建物への評価をプラスに補正することになる。
 
「足るを知る」という言葉があるが、これは単に現状に満足せよということではなく、現状を愛でることだといえるのかもしれない。現状の価値を把握しなおすことで、評価を正し、その上で次にとるべき行動を適切に判断する。まちづくりにしても建物の保全にしてもこの考えが指針となろう。
 
歴史上、人はさまざまな方法で花を愛でてきた。それにならって、まちや建物についても、その愛で方を開拓していくことで、生活の豊かさを創り出していけるはずだ。
 
では、建物を愛でるとはどうすればよいだろうか。次回はその方法について考えてみたい。
 
 
【参考文献】
 
 
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林 憲吾(東京大学生産技術研究所 講師)

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