コラム

    • 生活援助 無駄か?

    • 2017年07月18日2017:07:18:06:45:10
      • 楢原多計志
        • 関東学院大学 非常勤講師

数字は怖い。一人歩きするだけではなく、実態を知らなくても主張の論拠になり得るからだ。3年1回の介護報酬改定に向けて社会保障審議会の介護給付費分科会で、食事、掃除、排泄などの「生活援助」の在り方をめぐってもめている。
 
個人的な感想だが、「またか・・・」とゲンナリした一方、「ますます介護保険もカネ次第か」と憤りと不安を覚えた。
 
 

◆1日1回余、多い?

 
7月5日の第142回分科会。厚生労働省が提出した参考資料(生活援助等の見直しの項目)にこうあった。「『生活援助』のみの利用状況を調査したところ、1人当たりの平均利用回数は月9回程度となっているが、月31回以上の利用者が6,629人にのぼり、中には月100回を超えて利用されているケースも認められた」。
 
ご丁寧に、利用回数が90回以上だった21市区町(行政事務組合含む)が表にされていた。最多は101回の北海道標茶町、98回の大阪市、兵庫県神戸市・・・などと続く。
 
実は、データを作成したのは財務省。平成29年度予算執行調査の中で指摘したもの。それを厚労省が「参考までに」と拝借した。その下段には「改革の方向性案」として「保険者機能の強化に向けた取組の一環として、例えば、一定回数を超える生活援助サービスを行う場合には、多職種が参加する地域ケア会議等におけるケアプランの検証を要件とするなど、制度趣旨の沿った適切な利用の徹底を図るべき」とある。
 
厚労省は既に次の介護報酬改定では「介護人材の確保等を踏まえ、生活援助を中心に訪問介護を行う場合、人員基準の緩和やこれに応じた報酬を設定する」との方向を示している。
 
 

◆何が論点か

 
早速、委員から「101回というのは・・・、利用回数に上限を設けるとか、何らかの対策が必要ではないか」「介護保険の理念は自立支援であり、身体介護を利用せず、生活援助だけの利用は考えるべきだ」等、財務省が聞いたら大喜びするような発言がポンポン飛び出した。今も財務省(昔は大蔵省)に頭が上がらない厚生官僚。さぞ胸をなでおろしただろう。
 
財務省や厚労省が目論む「生活援助の利用制限や報酬引き下げ」の方向に賛同する委員には共通項がある。数字の裏が読めないことだ。要は在宅介護の実態を理解していないのだ。もし、裏まで読んでの発言なら、大した役者だ。厚労省を喜ばせ、所属団体へパイの配分を多く回してくれるかもしれない・・・。
 
痛快だったのは、「認知症の人と家族の会」の田部井康夫委員の反論だ。「月101回って、30日で割れば、1日3回少しですよ、朝1回、昼1回、夜1回、多いですか。そんなに多いですか」。瞬間、会場は静寂に包まれた。
 
分科会の委員は、公益委員を除けば、保険者やサービス事業者の代表が大半だ。当然、利益につながる発言になりがちだ。それそれでやむを得ない。だが、忘れてならないことが2つある。1つは介護保険制度を創設した意義(理念に基づいた)。もう1つが利用者の声(利用者本位の考え方)だ。
 
生活援助がどこまで必要なのか──。今の財政事情を考えれば、結論を出すのは容易でないことは分かる。それでも「介護地獄」「老老介護」「介護離職」の実態を放置するわけにはいかない。生活援助がどのくらい利用者や家族の暮らしを支えているか、委員は、持論を披露する前に、自ら実態を知ってから出席すべきだ。役所のデータの説明ばかり求める発言は、学習塾の雰囲気を彷彿させ、真の説得力がない。
 
介護保険法のどこかの条文に「身体介護を優先し、生活援助は後回し」とでも書いてあるのか。数字に隠れている実態を知ることもなく(あるいは実態を無視して)、理念を自説で捻じ曲げてはならない。
 
それにしても厚労省は情けない。財務省が予算執行調査でつべこべ言うのはやむを得ない。元々カネ勘定が本業だからだ。しかし、介護行政が商売の厚労省が、カネ勘定を盾に、事業者や保険者を相手に「初めに生活援助の基準・報酬の見直し在りき」では困る。利用者や家族からサービスや事業者への評価を吸い上げ、何が問題なのか、利用者本位に立って論点をまとめるべきだ。
 
 
 
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楢原多計志(関東学院大学 非常勤講師)

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