コラム

    • 核抑止の態勢を再構築する日米協議に着手し、国民の命を守っていくことが必要だ

    • 2017年08月08日2017:08:08:08:49:01
      • 榊原智
        • 産経新聞 論説副委員長

安倍晋三首相は、内閣改造と自民党役員人事に踏み切った。新たな体制のもとで取り組むべき課題は山積しているが、その最たるものは、北朝鮮の核・弾道ミサイル戦力の脅威から国民を守り抜くことだろう。日本は、戦後最大級の国難に直面しているという自覚が求められる。

 

北朝鮮が、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射を続けている。核・弾道ミサイル戦力を放棄させられなければ、北朝鮮は早晩、米本土への核攻撃能力を持つようになるだろう。これは日本をめぐる戦略環境が激変することを意味する。日本のあるべき防衛態勢も変わらざるを得ない。日米両政府が、日本を守るための核抑止力の在り方の再構築を図るべきときに至ったのではないか。

 

◆ ◆ ◆

 

その意味で、安倍首相はもちろん、安全保障を託された河野太郎外相と小野寺五典防衛相の責任は重い。首相は小野寺氏に対し、防衛計画の大綱の見直しに着手するよう指示した。日米同盟の絆を一層強化するため、日米の外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)も近く開催される運びだ。

 

北朝鮮のミサイルが発射される前に、自衛隊がこれを叩く「敵基地攻撃能力」の保有決断が望まれるのはもちろんだ。日本が一国で自己完結した能力を持つには相当多額の予算と長い時間がかかる。しかし、日米同盟の下で、自衛隊が航空機や巡航ミサイルなどによる敵基地攻撃能力を一定の規模で持つことは十分実現可能だ。

 

日本を攻撃する意志のある敵性国家の領域内で、ミサイル発射装置などを破壊する一定の能力を自衛隊が備えれば、日米同盟の信頼性は一層増す。自衛隊が出撃する選択肢を日本が持てば、友軍として米軍も出撃する蓋然性が高まる効果を期待することもできる。

 

すでに米軍からは前向きな反応が示されている。米太平洋艦隊のスウィフト司令官は今年4月に来日した際、日本政府が敵基地攻撃能力の保有を決断すれば「日米の軍事関係は容易に適応できるだろう」と語った。米軍高官によるこの種の発言は、「事前に準備されていたとみて間違いない」(防衛省幹部)ものだ。

 

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一方で、日米間で俎上に載せなければならないのに、話題にされていない重要な課題がある。日本を守るための核抑止力態勢の再構築に関する議論である。

 

ICBMは、大気圏再突入時の落下速度がきわめて高速になって高温にさらされる。そうなっても核弾頭を誘導・制御できる大気圏再突入技術を北朝鮮が得たかどうかはまだ分からない。それでも、このまま放置すれば、北朝鮮は核弾頭を搭載したICBMをワシントン、ニューヨークを含む米本土へ撃ち込めるようになる。固体燃料化もいずれ達成するはずだ。北朝鮮は米国に対する「最小限核抑止力」の保持へ近づきつつある。

 

日本国民はあまり意識していないが、日本政府は日本の平和と安全を保つには核兵器が必要と考え、ただしそれを米国の核戦力で充てる政策をとってきた。

 

民主党政権も含む歴代内閣が閣議決定した「防衛計画の大綱」が、「核兵器が存在する間は、核抑止力を中心とする米国の拡大抑止は不可欠」と明記してきたことからそれは分かる。これは簡単に言えば、米国がさしかける「核の傘」のことである。安倍政権が新たに定めた「国家安全保障戦略」にも、「防衛大綱」と同様の方針が明記されている。

 

ミサイル防衛の充実強化はもちろん必要だが、撃ち漏らしは覚悟しなければならず、万全とは言い難い。相手はさまざまな手段でミサイル防衛の網をくぐろうとする。現に、北朝鮮が通常よりも高い角度で弾道ミサイルを撃つ「ロフテッド軌道」をとってきている今、自衛隊に撃ち落とす能力はほぼない。

 

現代の科学技術の水準では、核には核で報復する能力、すなわち核抑止の態勢が欠かせない。

 

安保条約に基づく日米同盟の根幹は、米軍の核戦力による「核の傘」が日本にさしかけられていることにある。今年2月の安倍首相とトランプ米大統領の首脳会談の際に出された日米共同声明が、安保条約第5条に基づく米国の日本防衛について米軍の「核および通常戦力の双方」を用いると明記したことは記憶に新しい。

 

しかし、北朝鮮が「最小限核抑止力」の保有に至れば、核の傘は「破れ傘」になりかねない。

 

核の傘が破れ傘になった場合、北朝鮮が日本を核兵器やその他の兵器で攻撃してきたり、核攻撃の脅し(核脅迫)による無理無体な外交上の要求をしかけてきたりしても、日米安保が発動されるかは分からない。米本土の大都市の住民が核攻撃を受けるリスクを米国大統領が受け入れるかどうかの問題だからだ。日本は丸裸になる。

 

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話を半世紀ほど前にさかのぼらせたい。昭和39年(1964年)10月に開かれた最初の東京五輪の際の出来事だ。

 

日本と世界の人々が、アジアで初の東京五輪に沸いていた最中に、冷や水を浴びせた国がある。

 

台湾問題を理由に五輪をボイコットしていた中華人民共和国だ。新疆ウイグル自治区で同年10月16、初の核実験を行ったのだ。

 

隣国で「平和の祭典」が開かれている最中に核実験をぶつけなくてもいいと思うが、先の大戦から復興し、平和の祭典を開いた日本への妬みもあったのだろう。かの国の了見の狭さは、昔も今も変わらない。

 

「中共、初の原爆実験に成功」「〝力の道〟選んだ中共」

 

産経新聞の翌17日付朝刊1面の見出しの一部だ。

 

中国は核戦力を強化し、いずれ日本を核攻撃できるようになる。池田勇人内閣は、国民の動揺を防ごうとした。核実験に「厳重に抗議」し、「日米安保条約が現存しているかぎり、わが国にはなんの影響も、危険もありえない」とする官房長官談話を発表した。

 

しかし、この後、日本政府は中国の脅威にどのように備えるかを意識せざるを得なくなる。

 

3カ月後の昭和40年(1965年)1月のことだ。

 

首相になって初めて訪米した佐藤栄作は、米国防長官のマクナマラと会談し、日本は核兵器の開発・保有をしないと伝えた上で、「陸上への核兵器持ち込みには発言を気を付けてほしい。もちろん戦争になれば話は別で、米国が直ちに核による報復を行うことを期待している」と要請した。

 

もし中国が戦争を仕掛けてくれば、通常兵器だけで攻撃してくる場合も含め、米国は核兵器を使って直ちに報復するよう、佐藤は要請したことを意味する。主として中国の核武装への対処が念頭にあったのだろう。

 

佐藤は核戦争を好んだわけではない。米国に、核兵器の先行使用を選択肢に含める態勢をとらせ、中国の侵略、暴発を抑止することを狙っていた。戦略的要請である。

 

東西冷戦期には、その末期を除くほとんどの期間、欧州の自由陣営すなわち北大西洋条約機構(NATO)側は、通常兵力で圧倒的に優勢なソ連軍の侵略を防ぐため、ソ連軍よりも先に核兵器を使うことで対抗する戦略を立てていた。

 

このような態勢をとり、ソ連に侵略を断念させる抑止効果をねらったのである。

 

佐藤の発想は欧州の自由陣営と似ていたといえよう。米大統領ジョンソンとの首脳会談でも佐藤は「核の傘」による安全の保障を認めさせている。

 

昭和42年(1967年)12月に非核三原則を表明した佐藤は、日本の防衛に米国の核戦力をどのように役立てるかの算段もしていたことになる。究極の状態に備えることで、日本の独立と国民の生命を守り、平和を保とうと努めたリーダーだった。安倍首相や河野外相、小野寺防衛相は、佐藤栄作を見習うべきである。

 

◆ ◆ ◆

 

北朝鮮情勢の緊迫が伝えられる中、核兵器禁止条約が今年7月7日、122カ国の賛成で採択された。核兵器を保有する国は加わっておらず、実効性は薄い条約だ。

 

日本も参加しなかったが、もし核兵器禁止条約に同調して、日本が米国の「核の傘」から出てしまえばどうなるか。中国、ロシア、北朝鮮の核兵器の脅威を前に、無力極まる存在に転落することになる。残念ながら、日本にとってこの条約は、平和に逆行しかねない危うい代物である。

 

そうでなくても、北朝鮮の核・弾道ミサイル戦力の強化によって、核の傘が破れ傘になろうとしている。日本人を憎み、独裁者に率いられ、体制の安定度も高くない北朝鮮が「最小限核抑止力」を持つことがどんなに危険で面倒なことか。

 

佐藤栄作が米政府と談判した当時の中国は、毛沢東独裁の文化大革命の最中にあり、今の北朝鮮のような危険国家とみなされていた。ただし、米本土への核攻撃能力はまだ備えていなかった。現代日本が直面する事態は、当時よりも厳しいと言っていい。

 

昔も今も日本は核武装していないし、その計画もない。安倍政権が着手すべきことは、米大統領が米本土への核攻撃のリスクを懸念しないで済むかたちで、日本を守る核抑止力が存在し続けるよう米政府と話し合いに入ることだ。

 

本稿は私見だが、非核三原則の一部見直しによる米核戦力の日本配備や、緊急時の日本配備態勢の確保、北大西洋条約機構(NATO)の一部加盟国(ドイツなど)が採用する核共有(ニュークリアシェアリング)など検討すべき選択肢はいくつもある。

 

安全保障には逆説がつきものだ。核抑止の態勢を確かなものとして最悪の事態に備えることが、北朝鮮や中国などの核の脅威から国民の命を守る道となる。

 

広島・長崎の悲劇を繰り返すことは絶対に避けなければならない。それが唯一の被爆国である日本のリーダーらの最大の責務であるはずだ。

 

 

 

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榊原 智(産経新聞 論説副委員長)

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