コラム

    • 看護師を対象にした同一価値労働同一賃金実現の一手

    • 2017年08月22日2017:08:22:08:40:59
      • 針尾日出義

 

◆はじめに

 
同一労働同一賃金、さらに言えば、同一価値労働同一賃金は、特に今年に入り政府があらゆる場面で言葉にするようになった、雇用労働政策の重要なテーマの一つである。
 
私は、国がこのように声高になる以前から、このテーマの重要性を感じていた。併せて、看護師の抱える労働環境問題及び処遇に興味を持っていたため、数年前に入学した大学院における研究テーマに据えた。看護師の正規・非正規職員間に潜む不当な処遇格差について、同一価値労働同一賃金の考えに基づき不当な格差が是正されれば、経営側、そして雇用される看護師の両方が今現在抱える課題がいくらか改善できるのではないかとの考えがあったためである。その研究成果の一部を報告したい。
 
 

◆研究について

 
さて、そもそもなぜ看護師を研究対象としたのか。それは、看護師が国家資格専門職であり、正規であろうが非正規であろうが、国から、高度な専門性が保証された高度人材であるため、同一(価値)労働同一賃金の研究対象としては最も適する職業の一つであると考えたためである。
 
確かに非正規の職員は、1日の労働時間が少なかったり、不規則な労働時間への対応が免れたりすることも多いようであるが、それはそれ。なぜなら、例えば正規職員の労働時間の長さについては、それ相当分の給与が支払われる。また、夜勤対応する場合であればそれにも別の手当が支払われているからである。職務の価値で考えるとどうなるのかを考えることが必要である。
 
さて、家庭の事情などで一度退職し、再び非正規職員としてたとえ離職から短期間で復帰したとしても、経験も知識も豊富な人材が非正規として働くだけで、その時間当たり賃金は正規職員の6割~7割程度にとどまるという調査結果がある。
 
まず是正実現の前提として、先行研究のように、本当に正規職員と非正規職員の処遇の不当な格差は存在するのか。その実証検証を行った。
 
そこで私は、病床が百数十床ほどの実在する病院で格差の存在について検証を行った。すると現実に、看護師の雇用区分における不当な処遇格差の存在が確認できた。他の研究や国の調査で言われたように、全体を平均すると正規職員の6割から7割程度の処遇であった。
 
経営者に対しては、この正規・非正規間の不当な格差の実証は、非正規の看護師が不当な処遇の是正を主張するための、立派な証拠提示の材料になりえる。
 
しかし、経営者は非正規労働者を人件費削減目的で雇用することが少なくない。仕事の価値に対する賃金が不当に低いと主張されたとき、同一価値労働同一賃金の考えに基づいて処遇の是正を実行に移す経営者はどれだけ存在するのだろう。
 
また、格差是正に対する意識を持った経営者であったとしても、必要十分な原資が確保できない場合、格差是正の実現が難しい。同一価値労働同一賃金の実現が一筋縄ではいかないことは、主な先行研究が「不当な格差の存在の実証」までを研究成果としてまとめており、その是正の実現までをテーマにした研究が見当たらないことからも明らかだ。
 
つまり、経営者が、この格差是正のために、例えば内部留保金などを使って不当な格差を是正・改善すればよいのであるが、処遇が不当であることを調査し改善を行うことは、確実に余計な財源が必要となること、つまりお金がかかることなのである。経営者が自ら取り組みを推進することなど稀だろう。
 
だが、国も前進させようと考えている同一(価値)労働同一賃金、この、ILO(国際労働機関)が唱える世界標準の考え方を、いかにして実現するのか。実現するための方法を考えてみることは、今後の我が国の雇用労働政策にとっても非常に重要であると考えた。
 
処遇の不当な格差について、経営者が、今あるお金は使えない、または、お金はないが是正の改善は着手したいと考えた時に、何か良い(別の)方法はないのかということである。そこで、私はその、別の方法を考えてみた。
 
思いついた方法は、(正規)職員自身からカンパしてもらうという常識外れの方法であった。しかしこの方法、私が調査研究した結果、考察した病院では案外うまくいったのである。
 
どういうやり方だったのか。簡単にいうと、正規職員の毎月の給料の一部を、正規職員の同意の下で、一緒に働く非正規職員の不当な定額賃金に組み入れるというものである。
 
まだ理解がむつかしいと思う。そんなこと正規職員が同意するのかと考えるだろう。実は、正規職員の今の賃金を減らさず、正規職員の基本給部分を非正規職員にスライドさせることができる方法がある。それは昇給時期に昇給金額の一部を、非正規の不当に低額な賃金にスライドする方法だ。これなら、これまでの額面は減らさず、基本給の一部をスライドできる。基本給の一部であるから、賞与の一部もスライドする。
 
とはいえ、まだ「自分の給料の一部をスライドさせることに同意する」ことには、まだ疑問が残るだろう。他人の処遇の向上に、自分の給料を犠牲にする理由がない。
 
私は、このカンパについて、「もしこのスライドにより不当な処遇の改善が実現すれば、あなた方に何かしらメリットがあるのではないか」と同時に質問している。その結果、正規職員から、「職員のモチベーションの底上げにつながる」、「職員の質の底上げができる」、「求人への応募が増える」「離職者が減る」などメリットがあると回答があった。つまり、正規職員本人たちにとっても、「離職が多い(看護師不足につながるこの問題はどの施設でも聞く問題である)」ことは問題であり、「離職者が減り、全体の質が高まり、モチベーションが高まり、求人への応募が増える」ことは、本人たちの日々の労働負担を軽減するための大きなメリットなのである。そこへの期待があるのである。
 
このような自己へのメリットがあると考えたとき、先行投資とも考えられる自身の賃金上昇分からのカンパに応じられると回答し、実際に私が調査した施設で必要とされる全体金額の役90%をカンパ分で賄うことができるという調査結果につながった。
 
とはいえ、あくまでまだ一施設だけの実証検証の結果であり、そもそも「正規職員からカンパする」ことが常識的ではないと考えるものもあると思う。しかし、研究の結果からみれば決して実現不可能な考え方ではなく、これまで実現方法が見当たらなかった我が国における同一価値労働同一賃金の実現に向けた、多様な考え方の一つとして、研究の意義は大きかったと感じている。
 
 

◆後記

 
私は経営者が経営資源から不当な処遇格差に是正に必要となる予算(財源)を確保すること自体を否定するものではない。職員の処遇の不当な格差の是正にかかる追加予算の確保は、本来経営資源から捻出されるものであると理解していることを書き添える。
 
併せて、私が行った研究では、正規の看護師にだけカンパを求めてみたが、病院(施設)には、その他の医療系職種が多く存在する。その全体の不当な処遇格差是正を考えれば、同一価値労働同一賃金の考えに基づき検証した結果、改善すべき不当に低い賃金である職員も、そして協力(カンパ)を求める職員の対象も、対象範囲は広範に及ぶことになろう。
 
 
※紙面の関係上、検証結果の裏付け等の情報について触れていない。今年6月に社会政策学会から出された学会誌『社会政策』(第9巻第1号)に掲載しているので、もし興味を持っていただけたなら参照いただければ幸甚である。
 
 
---
針尾日出義(特定社会保険労務士、行政書士、MBA)

コラムニスト一覧
月別アーカイブ