コラム

    • 生産性議論と会計力

    • 2017年09月26日2017:09:26:06:49:47
      • 中村十念
        • (株)日本医療総合研究所
        • 取締役社長

1.マル生

 
1970年に旧国鉄で生産性向上運動(後にマル生運動と呼ばれた)が開始され、これは国鉄社内に激しい労使対立をもたらし、1987年の国鉄分割民営化への17年間に及ぶ活劇の序幕となった。
 
本来は、生産性向上運動はILO(国際労働機関)を起源とする労使協調運動である。ところが、マル生運動は労使対立を招いた。そのエピソードが尾を引き、わが国では生産性向上運動はタブー視される傾向があった。
 
しかし状況は変わった。最近この生産性向上運動が、大きく取り上げられるようになってきた。内閣府の未来投資会議では、安倍総理は、生産性を飛躍的に向上させるとか、生産性革命など、勇ましい掛け声を連呼している。「平成30年度の予算の全体像」にも重要項目として、生産性向上策が謳われている。
 
その根っこにある認識は、わが国の人口減である。「人口減→労働者減→GDP減→大国からの転落」というマイナススパイラルは誰にでも想像がつく。GDP減が招く主要国外れは、多くの人にとって敗北感があって、不愉快である。
 
それを防ぐ手立てとして、人口が減る分労働者一人当たりの労働生産性をあげる、という負け防止の考え方の道筋は、これまた誰にでもイメージできる。
 
 

2.国際ランキングの凋落

 
以下は、労働生産性の国際比較2016年版からの孫引きである。
 
労働生産性の前に、わが国の国民一人当たりのGDPを見ると、2015年・OECD/35ヶ国ベースで、18位(ちょうど真ん中)である。1990年代初めは6位であったことと比較すれば、なるほど凋落である。
 
次に労働生産性を見てみると、2015年・OECD/35ヶ国ベースで22位である。下の方と言ってよい。対象国の範囲を広げて2014年・世界銀行/130ヶ国ベースで見ると、32位で4分の1ぐらいの位置づけである。
 
一人当たりGDPや労働生産性の国際比較で見る限り、もはや大国ではないというのは当たっている。
 
 

3.医療機関と生産性向上運動

 
国際比較のような天空での議論はともかく、草の根の話として、私は、生産性の議論が医療業界で高まることは必至であり、かつ大変良いことだと思っている。
 
国の労働生産性は“GDP/就業者数”で計算される。GDPとはざっくりいうと、その国の粗利益の総額のことである。従って、企業での労働生産性は“粗利益/従業員数”ということになる。分母に労働時間を取れば、1時間当たり生産性、人件費を取れば人件費生産性ということになる。粗利益が重要ファクターだ。
 
ところが、驚くべきことに、病院会計準則には粗利益という概念がない。(ためしに医師に粗利益とは何ぞやという質問をしてみると、大半の医師は答えられない。)従って、生産性の議論になかなか行きつかない。今は、議論を求められる先は、多くの場合診療報酬である。診療報酬こそ医師が議論するに足る医療政策である、と思いこまされている。しかし、今後はそうはいくまいと思う。
 
消費税は増税されても、社会保障にはまわってこない。社会保障の中でも年金、介護に喰われて、医療費は増えない。それどころか、消費税増税になると、損税の負担がますます増える。一方、働き方改革と称する労働時間規制が強化され、人手はますます窮乏化し、人件費負担は増加する。八方ふさがりである。
 
適者生存のためには、基本に立ち返って生産性改革に取り組み、組織や投資のあり方を変える必要がある。生産性改革の前提は会計力である。低い会計リテラシーから脱皮しないと、方向性の正しい出口にたどり着けないのではないかと危惧する。
 
 

4.日医会計力講座

 
そう考えていたところに、このほど日本医師会が「メディカル会計力リーダー養成講座」という通信教育の実施に踏み切った。長年会計リテラシーの向上のための学習機会は必要だと思っていただけに、渡りに舟である。
 
この講座の底本には『人事屋が書いた経理の本』が採用されるとのこと。以下プライベートな調味料を少し。私は39年前にこの本に救われた。大学で仕訳けがわからず簿記を履修できないまま、経済学部を卒業したが、そのトラウマは大きかった。卒業後、あるセミナーでこの本に出会い、ほんの数分で仕訳けの本質を理解した。今でも基本に立ち返る気付きがあるごとに活用している。この本と出会わなければ、私の運命は変わっていた。(なんとこの本はいまだに出版され続けている。)
 
会計リテラシーが個々の医療機関の経営に必要なのは当然として、今後は医療政策を語る際にも必需品となる。皆さん方は当然として、厳しい時代を生き抜かなくてはならない子供たち、後継者の方々、特に働く女性には、是非受講を勧めたい。
 
 
---
中村十念(日本医療総合研究所 取締役社長)

コラムニスト一覧
月別アーカイブ