コラム

    • スカルノ期のジャカルタを巡る その2/全2回

    • 2018年02月13日2018:02:13:06:38:19
      • 林憲吾
        • 東京大学生産技術研究所 講師

 
 

◆アジア競技大会と冷戦

 

スカルノによるタムリン-スディルマン通り沿いの開発の多くは、1962年の第4回アジア競技大会に起因する。
 
現在、東京では2020年のオリンピックに向けて開発が進んでいるが、それ同様、この競技大会は新興国インドネシアが国際社会にその地位をアピールする舞台として活用された。
 
目抜き通りの南端には、収容人数10万人を超える巨大な競技場が建設されたが、これはソ連の援助によるものである。ソ連からの技術者たちが造り上げたこの建物は、モスクワの競技場にも幾分似るという。
 
ところでこの競技場、55年以上の時間を経て、2018年の今年、再びアジア競技大会の会場となる。そのためツアー当日はリニューアルの真っ最中で、夕方からの雨脚強まる競技場での見学はヘルメットに雨合羽の出で立ちとなり、これまた参加者の気分を高めた。
 
写真6.ブンカルノ競技場
 
一方、1962年のアジア競技大会は、当時左傾化するインドネシア政府がイスラエルと中華民国への参加拒否を行ったことで、国際オリンピック委員会との間に軋轢を生んだ。
 
その結果、オリンピック委員会と袂を分かつようにしてスカルノは新興国競技大会を新たに実施。さらに65年には国連を脱退し、中華人民共和国らとともに新興勢力会議(通称CONEFO)を立ち上げて独自路線を進んでいく。
 
新興国勢力会議は結局実施に至らなかったが、これに合わせて計画された建物が、現在の国会議事堂である。
 
1965年にインドネシア人建築家スユディ・ウィルアトモジョ(1928-1981)によって設計された建物は、亀の甲羅にも似た屋根を持つシェル構造の建物で、1962年にニューヨークに現れたケネディ空港のターミナルからの影響が推察される。
 
写真7.国会議事堂
 
このように、スタジアムにせよ、議事堂にせよ、1960年代の建物は当時の冷戦の歴史を映し出す鏡でもある。
 
 

◆参加者が観た近代建築

 

今回のツアーでは、ただ建物を眺めるだけでなく、これまで述べてきたような建物に付随する歴史を参加者と現場で一緒に共有することを行った。
 
では、参加者たちはそうした近代建築をどのように受け止めたのだろうか。ここでアンケート結果の一部を見てみたい。
 
ツアーが始まる前と後に参加者たちにはそれぞれ見学する建物の評価をしてもらった。ジャカルタにとって重要か否かを1点から5点でつけてもらい、グラフは各建物における全員の平均値を示している。
 
図2.ツアーの事前と事後の建物の評価(N=17、全平均値)
 
グレーが事前の、青が事後の結果であるが、概ねツアー後の評価が高い。ツアー自体がそれぞれの建物の重要性を強調するのだから、当然と言えば当然である。
 
だが、それでも開始前は比較的評価が低かったものが、その評価を大きく変えるものもあった。その顕著な例が、ウィスマヌサンタラビルとサリナデパートである。
 
先に示したとおり、これら2つの建物は日本の戦後賠償による建物であるとともに、ジャカルタが先端的な近代都市であることを示す建物であった。
 
現代のジャカルタの人々から見れば、それらはただのオフィスビルや古びた百貨店に過ぎなかったのかもしれないし、日本との関係も十分に認識されていなかったのかもしれない。
 
しかしツアーをとおして、日本との関係やモダンライフを切り開いた建物としての歴史を知ることで、その価値を改めて認識し直すことにつながったといえよう。
 
また参加者のコメントからは、モスクの屋根に上るなど普段とは違う形で建物に触れることが、人々の関心を建物に引き寄せるのにそれなりの効果を発揮したことが窺い知れた。
 
今回見学した50、60年代の建物は、いま将来の行く末を決める転換期にあるといえる。
 
50年以上経過し、それなりに老朽化が進む中で、取り壊しが検討される機会も増えていくだろう。だが一方で、それぞれの国が戦後をどう駆け出したか、その記憶を留めるものとしてうまく継承していきたい、という声も大きくなるに違いない。
 
そうなってくると建物へのリテラシーが大切になる。文字を読み書きするように、建物の価値を読み、その価値を保全する、あるいは大きくするような力をそれぞれの人が備えることで、いまあるストックを適切に有効に生かすことができるからだ。
 
観たり触れたりしながら建物を愛でること。今回のツアーのような行為は、建物へのリテラシーを涵養することにつながるだろう。そうした行為を重ねることから歴史的な建物と共にある社会は形づくられていく。
 
 
 
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林 憲吾(東京大学生産技術研究所 講師)

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