コラム

    • 労働基準法に基づく人財管理を意識できているか

    • 2018年05月01日2018:05:01:06:08:13
      • 針尾日出義
        • 特定社会保険労務士、行政書士、MBA

◆はじめに

 
過重労働が叫ばれ続ける医師を筆頭に、医療機関では多様な知識、経験、能力を持った多くの者が働いている。医療の現場で働く者のほとんどは労働基準法の適用を受ける「労働者」だ。医師も例外ではない。しかしそれを軽んじる又は労務管理の知識に乏しい経営者・労務管理責任者等が多く存在するようである(医療の現場においては労働者本人に対する労働者意識の醸成も必要なようであるが)。
 
しかし当然のことながら、労働基準法のメスは医療機関にも例外なく及ぶ。
 
労働基準監督署による立ち入りや是正勧告が及ばぬよう法に従って労働(職場)環境を整備することは、働く者のモチベーションの維持向上、患者に対するサービスの質の向上のためにも必須である。
 
そこで、最近実際にあった労働基準監督署による(著名な)医療機関への是正勧告から、医療機関で当たり前のように運用されていたり、働く側も、それが常となってしまっているような法令違反を自身の意見などを交えながら確認していく。
 
関連して、医師の長時間労働に国がどのように取り組みを進めているのかについて触れる。近年、「働き方改革」の言葉と共に多様な分野で長時間労働の抑制(及び年次有給休暇の取得促進)が謳われるが、医師はどのように扱われようとしているのか、僅かではあるが直近の動向を確認したい。
 
 
【労働基準監督署による医療機関への是正勧告の例】
 
是正勧告その1)労働契約の締結に際し、労働者に対して労働条件を書面により交付していなかった。
 
→貴機関ではどうであろうか。指摘をうけた著名な病院ですらこうであったとすれば、多くの病院がそうなのかもしれない。これは、労働基準法15条(労働条件の明示)他に違反している。労働基準法120条、30万円以下の罰金刑罰対象である。貴機関も、口頭約束のみで労働契約締結と勤務実態があるようであれば早急に対応していただきたい。余談だが、労働基準監督官は行政執行・監督官でありながら逮捕権を持っており、労働基準法違反事業者を逮捕した実例がある。※司法警察官と同様の職務を行うことができる(労働基準法102条)。
 
 
是正勧告その2)時間外労働・休日労働に関する36協定(特別条項含む)について、労働者の過半数代表者を選出するプロセスが法令に定める手順を踏んでいなかった。
 
→36協定自体は届け出ているという機関も多いかもしれない(36協定って何?という事業主・労務管理担当者は論外である。労働基準法36条他を確認していただきたい)。しかし、例えば労働者代表を、「君、サインして印鑑を押しておきなさい」等と、経営者(労基法上の管理監督者を含む)が指示して作成された36協定は、この是正勧告の対象、労働基準法施行規則第6条の2違反である。私文書の偽造にもなりかねない行為である。労使の協定書や就業規則等に記名押印をする労働者代表の選任は、平たく言えば「管理監督者に満たない職員の、全体の過半数から代表権を与えられるような信頼のおける労働者」が正しい選出方法によって選出されることが必要である。また、36協定は協定して届け出ればいくらでも残業をさせてよいのではなく、協定に沿った法定時間外、休日労働の範囲内で労働が行われなければならない。協定した時間を超えた時間外労働が行われ、仮にメディアにさらされることになれば、「違法な残業」「違法な長時間労働」を強いた病院、「ブラック病院」のレッテルを張られてしまう可能性があることを警告する。今若者は、インターネットで就職したい(興味のある)企業の情報を手に入れる。検索サイトで「ブラック」(スペース)「気になっている企業」で検索を行うなどして評判を確認する。ブラックに名前が挙がれば優秀な人材(人財)の確保にも大きなマイナスの影響を与えるだろう。
 
 
是正勧告その3)就業規則に、医師職に関する勤務時間等について定めていなかった。
 
→就業規則とは何か。労働者と事業所双方について事業所における基本的な遵守事項を定めた事業所の憲法のようなものである。そこに記載がないということは、医師は労働者として扱われていないのか。
 
2015年都内の病院に勤める産婦人科医が自ら命を絶った。品川労働基準監督署はそれを「過労自殺」と認定した。労働基準監督署が労災と認めたということは、国が医師を「労働者」だと認めたということである。一部には他の医療機関から派遣・招かれる委託・嘱託医師もあろう。また、クリニックなど小規模な機関では理事長や代表のみが医師の場合もあろう。しかし、その者に雇用される(賃金が支払われる)医師が他にいるならその医師は労働者ということである(国の労働・社会保険制度が適用される)。その労働者の労働条件である労働時間等が就業規則に記載されていない。つまり、医療機関が医師を労働者とみていなかったと解されても仕方ない。無知すぎるのか、知っていて除外していたのか。貴機関も心当たりがあれば早急に確認、対応いただきたい。
 
 

◆医師の働き方に関する最近の動向

 

さて、医師職について就業規則に労働時間の記載がなく恐らく労働者とみなしていなかったであろうという話から、医師の労働ということについて少し触れる。勤務医等の長時間労働や労働災害を是正・防止すべく、国はどのように動こうとしているのか。
 
「医師の働き方に関する検討会」(厚生労働省)というものがある。先日、第7回目となる検討会が2018年2月に行われた(資料は公にされている)。その中で、「医師の働き方改革に関する検討会 中間的な論点整理(骨子案)」を拝見した。大項目に、「なぜ今医師の働き方改革が必要なのか」、「医師の勤務実態の分析状況と今後の検討に関する論点」等がある。
 
なかは、学識経験者等が集まって未だこのような基本的なことを議論しているのかと思ってしまう内容である。既に舗装された道をわざわざ掘り起こして同じように埋め立てている道路工事のようである。(詳細ぜひ厚生労働省のHPで読んでいただきたい)。
 
また別資料、「医師の労働時間短縮に向けた緊急的な取組(骨子案)」を読んでみた。文頭に「医師の働き方改革に関する検討会においては、医師の時間外労働規制の施行を待たずとも、勤務医を雇用する個々の医療機関が自らの状況を踏まえ、できることから自主的な取組を進めることが重要と考え、以下のとおり、医師の労働時間短縮に向けた緊急的な取組をとりまとめた。」とある。「緊急的な」とあるから今すぐにでもやろうということか。しかし、個々の医療機関の自主性に任せようとするような文面は、どれほど本気なのだろうかと思ってしまうが。
 
ただ、緊急的な取組についてまとめたとあるかと思えば、後段には「医師の勤務負担の軽減、労働時間の短縮に向けては、患者やその家族である国民の理解が欠かせない一方、医療を必要とする人が受診しづらい、受診を控えざるをえないといった無理を強いる事態を招かないよう、適切な周知と理解がなされることが不可欠である。国民の理解を適切に求めていく周知の具体的な枠組みについて、厚生労働省において早急に検討されるよう求める。」とある。前段もふわっとしているところに、さらに、医師の働き方改革に着手する前に、まずは早急に国民の理解を得ることが「不可欠」であるから、厚生労働省さんがまずそれをおやりなさい、とのことである。
 
やることの中身は、国民に対して実際に「医師が働き過ぎている」ことや「その労働環境の改善の必要性」について緊急に周知を行っていくことではなく、国民にどのように周知していくかの具体的な枠組みを早急に検討することを求めているのである。どうも医師の働き方改革の第一歩がとても先遠く感じてしまうが、既に国は「勤務医に労災適用」とした実績があるのであるから、早急に労働基準法に則った労務管理が行われるように、検討委員会の今後そして国の施策等に期待したいと思う。
 
 

◆おわりに

 

さて、前段で説明した法令への対応は、結局のところ、医療機関の経営そのものを守ることに繋がるものである。労働基準監督署の指摘をうけてから対応していては、(特に)規模が大きければ大きいほど多方面への対応に追われる。改善検討に多くの(長い)時間を費やすことになる。労働者(職員)も、自身の職場に違反の是正勧告があったことを知れば、気分は良くない。結果、労働の質(つまり提供するサービス(※医療)の質)を下げてしまうことにつながりかねない。
 
事業主や労務管理責任者には、労務管理を軽んじることは安定した経営を不安定にするリスクを内在させるということを肝に銘じていただき、医師を含む施設内のすべての労働者の労務管理を法令に従って行っていただくことを切に願う。
 
 
 
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針尾日出義(特定社会保険労務士、行政書士、MBA)

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