コラム

    • 失敗事例に学ぶ

    • 2018年07月17日2018:07:17:05:11:06
      • 楢原多計志
        • 福祉ジャーナリスト

介護産業では日中と日台を軸に民間事業者間の交流が続いているが、潮目が変わってきた。数年前、中国と台湾の行政官や事業者はこぞって「日本の介護は制度もサービスも素晴らしい」とベタ褒め。国内事情を知っている我々の方が気恥ずかしくなるほどだった。
 
最近では「まだまだ学ぶことがある」とややトーンダウン。日本の介護保険制度や介護事業の実態を知るや、「自前の介護」を探り始めている。
 
政府はアジア市場をけん引しようと、「日本ブランド」をアピールしている。今のままでは、「世界一だ」と自己評価ばかり高かった家電、造船、百貨店と同じ道をたどる恐れも。介護の「ブランド凋落」はないのか。
 
 

■1兆円のビジネスチャンス

 
7月10~11日、東京・有明で開かれた「住まい×介護×医療展2018 in 東京」。展示場ブースや講演会は多くの来場者で賑わった。
 
目立ったのは経済成長が著しい中国や台湾の事業者の積極的な姿勢だ。10日の日台介護産業サミット・セミナー(日台セミナー)は大盛況。協働を呼び掛ける台湾関係者の熱弁が際立った。一方、翌11日の中国進出をテーマとする対談(日中対談)は空席が目立ち、中国熱が以前より沈静化していることを印象付けた。
 
日台セミナーでは、台湾の介護事情が報告された。急速に高齢化(14%余)が進み、自立できない若者が増えたこともあり、伝統的な家族介護が困難に。日本の介護保険システムをモデルに介護サービスの整備を急いでいるが、公的な補助金が少ないためサービス提供が富裕層に限られている。
 
しかし、富裕層を中心に介護サービスの需要はますます高まっており、とりわけ質が高い日本の介護施設や福祉用具和への期待が大きい。台湾シンクタンクの推計によると、台湾の介護事業には1兆円のビジネスチャンスがあり、いまでも日本の進出を歓迎しているという。
 
 

■介護人材不足1,000万人

 
日中対談では、中国国内で最も介護が進んでいる上海の介護事情が紹介された。日本の小規模多機能型サービスをモデルにした高齢者総合施設は東京・千代田区にあるような豪華マンションのようで、富裕層をターゲットとした施設であることが一目瞭然。行政指導で医療サービスも提供し、オンラインによる情報の共有や管理も整備されているという。
 
だが、所得格差が著しい中国で、こうした施設に入所できるのは「超の」付く富裕層だけ。多くは家族中心の「養老顧問制度」(在宅福祉相談サービス)に頼らざるを得ないのが現実だ。
 
上海市は日本を参考に「上海版介護保険」(呼称)を導入した。自己負担は原則1割。だが、サービスそのものが絶対的に足らず、介護人材が「1,000万人不足」という推計があるという。特に認知症ケアやリハビリの医療従事者やリハビリ療法士の育成が急務で、説明者は「日本の認知症ケアやリハビリの技術や福祉用具の知識を学びたい」と期待を込めた。
 
対談後、上海事情に詳しい日本人介護アドバイザーは「最大の問題は民間施設の多くが採算割れに陥っていること。公立の福祉施設満床が続いていますが、空床率が50%以下という民間施設が珍しくない」と補足した。
 
 

■ホンダ、トヨタから学ぶもの

 

政府は日本の医療介護事業に海外進出を促してきた。安倍政権の「アジア健康構想」もその1つ。民間、政府、与党が国際機関などと連携して中国、アジア地域に高齢者ケアビジネスなどを展開する。今年6月には一部を手直しし、医薬品や医療機器などを加えた。
 
政府の配布資料には、「健康な生活の基盤・街づくり」を土台にして、「ヘルスケア・サービス」を乗せ、さらに「医療・介護」を上乗せする。構想を分かりやすく説明したつもりなのか、富士山型のポンチ絵(のような)が描かれている。こんな簡単に相手国に入り込めるのだろうか。
 
しかも「展開のあり方」の末尾には、「ホンダ、トヨタ他日本企業の海外進出の成功事例を学んで、10年20年単位での海外ビジョンを持って、資本投下していくダイナミックな事業展開が必要」とある。トヨタのような莫大な資本力のある介護事業者が何人いる?
 
ならば、同時に造船や家電メーカーの失敗事例も学んだらどうか。介護事業者の撤退事例も悪くない。さらに気になるのは、構想を牽引すべき役員のか顔ぶれだ。前線を退いた“おなじみさん”が多い。これで士気があがるのか。
 
前述のアドバイザーは言う。「異文化に対応でき、信頼される、力のある若い人を育てることが先決です。ブームに振り回されたり、他人の進軍ラッパで一斉突撃したりするようでは先がありません」と手厳しい。
 
介護事業の海外進出熱の背景には、マイナス改定や介護人材不足などを起因とする介護業界の閉塞感があるという。閉塞感を解消する方が先ではないのか。
 
 
 
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楢原多計志(福祉ジャーナリスト)

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