コラム

    • 世界的災害としてのパンデミック――現在の対策で我々は本当に生き延びられるのか?

    • 2018年08月07日2018:08:07:04:59:20
      • 外岡立人
        • 医学博士、前小樽市保健所長

◆ウイルス変異とパンデミック

 
鳥インフルエンザウイルスは変異し続け、新規亜型(変異株)が多く発生している。欧州、アフリカ、中東における鳥インフルエンザの家きん農場での発生は、かつては希であった。しかし最近では、散発的とはいえ発生報告が多いのが不気味である。渡り鳥によるウイルスの拡大は、人知れずパンデミックウイルスをも運び出す。
 
中国は、数年来家きんの間で流行し、ヒトの死者数が増えていたH7N9鳥インフルエンザウイルスに対して、懸命になってワクチンを作製した。そして昨年夏から国内の家きんに投与しはじめ、見事ヒトでの感染者数が減少した。
 
しかし、家きんへのワクチン投与は、ウイルスの感染性は抑えるものの、ウイルスの変異株を増やす結果を招く懸念がある。それゆえ家きんへのワクチン投与は国際的に認められていない。ウイルス感染鳥に対しては、殺処分によるウイルス駆除が原則となっている(一時的にワクチンでウイルスが消えても変異株が次々と出てくるのでは後生の人々が全滅する)。
 
100年前のスペインインフルエンザ流行の際は、鳥インフルエンザウイルスが静かにヒトに適合し、瞬く間に世界に広がり、人口の2%前後が感染死した。交通網が発達し、地球が一体化してきている現在では、半年で数億人の死者が出る計算だ。
 
医学や医療が進んでいても、感染者の急増で医療機関での対応が追いつかない。我々の町で突然。通常の100倍の患者が病院へ押し寄せ、そのうち30%の患者に入院が必要で、5%の患者をICUに収容する必要が生じたら対応出来るだろうか。なすすべ無く10%以上の人々が自宅や施設、さらには病院のロビーで呼吸困難や多臓器不全で死亡するに違いない。
 
加えてそれら遺体の処分にも手こずる。なぜなら火葬場の処理能力を数十倍超えてしまうからだ。棺桶も間に合わない。英国では遺体袋で代用するらしい。
 
さらに最悪の場合、医療関係者の多くが逃げ出す可能性がある。日本の狭い国土の一体どこに?
 
新型インフルエンザに対するワクチン製造が試みられているが意義は薄い。現在予測され得るウイルスに対するワクチンが作られても、他のウイルスがパンデミックを起こす危険性が高いからだ。
 
 

◆万能ワクチンの展望

 
一方、米国の公衆衛生学の中枢である国立衛生研究所(NIH)は、全てのA型インフルエンザウイルスに有効な万能ワクチン作製のための助成金を世界の数カ所の製薬企業に提供してきた。
 
そして今、その中で有望な万能ワクチンの第二相臨床試験が米国内で行われている。イスラエルの製薬企業が開発したものだが、すでに欧州での臨床試験において安全性と抗体産生能力が確認されている。今回の米国での臨床試験にも成功すれば、次は第三相(Phase 3)臨床試験となり、それが成功して初めて実践兵器として認められる。3年程度先であろうか。
 
万能ワクチンは全てのA型ウイルスに共通する抗原に対して抗体産生を促すワクチンである。通常はウイルス表面内の奥に隠れていて、感染宿主の免疫細胞が認識できない蛋白部分であるが、その抗原部分を分離して純化するか、その部分をコードしている遺伝子を取り出し、他生物(昆虫や大腸菌等の細菌内)の遺伝子に組み込み、その抗原部分(蛋白部分)を大量生産してワクチン成分とするのである。
 
予測されるのは数億人分のワクチンが数ヶ月で産生可能であることと、ワクチンは1回接種で数年、または一生抗体を産生し続ける可能性が高いことである。これは季節性インフルエンザを含む全てのA型インフルエンザに有効であるから、新型インフルエンザだけでなく、季節性インフルエンザ(B型は除く)に対しても完璧防御が可能となる。筆者が10年前から追い続けてきた万能ワクチンが、やっと実用化される可能性が高い。
 
 

◆さらなる課題

 
しかし、万能ワクチン製造が可能となっても、まだ重大な問題が残っている。
 
危険な新型インフルエンザが発生しだし、至る所で死者が発生しだしたとき、どのようにして国民全てにワクチンを接種すべきであろうか。
 
ドライブスルー方式、体育館方式、皮内接種方式(スタンプ方式で皮内に接種するワクチンをあらかじめ各家庭に送っておく)などが考えられる。それは国の新型インフルエンザ対策委員会の重要な仕事であるが、一切これまで論じられてこなかったのは気になる。
 
昨シーズンは季節性インフルエンザの香港株であるH3N2が米国で猛威を振るい、多くの死者を出している。ウイルスが急速に変異しているためワクチンは無効だった。今年は我が国、アジア全体でこの変異H3N2が流行することが予想される。
 
通常の数倍の感染者、入院患者、死者が出た場合、対策は取れるのだろうか? プレパンデミックの練習のような状態になるかも知れない。
 
 

◆インフルエンザは自然災害

 
地震、水害などの自然災害に対応できない現代社会においてインフルエンザも自然災害と同レベルと考えるべきである。現在の医療、医学だけでは十分な対応はできない。パンデミックに世界は対応できていないと、かのビル・ゲイツ氏が警告しているのは有名だ。
 
国の関係機関は情報をもっと透明にして、予想される危険性とその対策を公表すべきである。内容は科学的で分かりやすい文章とする必要がある。現在のような科学性に乏しい事務文書ではアリバイ証明にはなっても、国民の命を救うためには意義が薄い。
 
他の自然災害のように想定外であったため対策が間に合わず、国民の3割が野垂れ死ぬことだけは避けたいと願う。
 
 
 
【参照資料】
 
 
NIAID-Sponsored Trial of a Universal Influenza Vaccine Begins, May-4 2018.(米国立アレルギー・感染症研究所が主管するインフルエンザ万能ワクチンの臨床試験が開始)
 
 
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外岡立人(医学博士、前小樽市保健所長)

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