コラム

    • 職場におけるパワーハラスメント

    • 2018年09月11日2018:09:11:08:47:10
      • 針尾日出義
        • 特定社会保険労務士、行政書士、MBA

近年、労務管理の現場で問題視され、社会的にも大きく取り上げられることが多くなったパワーハラスメントとは何か。経営にとってどのようなリスクが考えられるのであろうか。
 
 

◆職場におけるパワーハラスメントとは何か

 

職場におけるパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて精神的、身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう(※1)。
 
この職場内の優位性には、上司から部下へのいじめのほか、先輩・後輩や同僚、さらには部下から上司に対するものを包括している。業務の適正な範囲については、必要な指導まで躊躇してしまえば職員の成長を妨げることにも繋がりかねない。何が業務の適正な範囲であるのか正しく理解しておく必要がある。
 
 

◆パワーハラスメントは悪である

 

そもそもなぜパワーハラスメントはいけないのか。それは、被害者の人格権侵害ひいては人命そのものにかかわる重い問題だからである。一昨年の秋、某広告代理店に勤める新入社員が自ら命を絶った痛ましい事件があった。これは大きな社会問題となり、国による長時間労働対策が、より厳格になったことも記憶に新しい。
 
また、この事件では長時間労働の実態もさることながら、上司からの重ねての叱責等によって被害者(労働者)が精神的な不安定状態を悪化させて、悲しい結末を生んだのではないかと言われている。被害者のSNSには、上司から「女子力がない」「髪がボサボサ、目が充血したまま出勤するな」などと言われたことや、「休日返上で作った資料をボロくそに言われた。もう体も心もズタズタ」等の気持ちが綴られていた。
 
これらは(当然、上司のこれらの言動が事実であれば)、前節の定義にある「職場の優位性」を利用し「業務の適正な範囲を超えた」言動であり、パワーハラスメントと考えられるだろう。当然、被害者にとっては、精神的に大きな苦痛であったことは間違いなく、悲痛な結果を生んだ被害者の行動に影響を与えたであろうことは察しがつく(※2)。最初に述べた通り、パワーハラスメントは人命を脅かす悪なのである。
 
 

◆国が行う施策

 

国は当然、職場におけるパワーハラスメント対策を重要な課題ととらえている。近年、企業に対する情報提供等を進めるための第一歩として、学識経験者や企業の現場担当者等を交えた、「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキンググループ」を立ち上げた。そのワーキンググループでは定義その他の指標を示している。
 
また厚生労働省は、「あかるい職場応援団」というパワーハラスメントに特化したホームページを開設している。パワーハラスメントの防止対策や管理方法、裁判事例など、パワーハラスメントに関する多様な情報を提供し、企業の取り組み推進を後押ししている。この、「あかるい職場応援団」のサイトには、先に記した「業務の適正な範囲」を含む定義、言葉の解説から、パワーハラスメント対策に有益な情報まで豊富に盛り込まれている。是非、事業所における取り組み推進の参考にしていただきたい。
 
 

◆最近のパワーハラスメントに関する実態調査結果について

 

〇調査結果1
平成29年度、「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」の資料に、注視すべき結果があった。その第2回検討会の資料として、「個別労働紛争解決促進法に基づく職場のいじめ・いやがらせにかかる実態調査研究の報告(※3)」がされた。それによると、労働局への相談件数は「医療福祉業」がもっとも多かった。この数は、勇気をもって訴え出た者の数である。その数が医療福祉業で最も多かったのであるから、訴え出ることはできていないが、パワーハラスメントを感じている「訴えの予備軍(実際に訴え出た者の数倍から数十倍に及ぶ可能性もある)」として就労する者が、医療福祉業には業種別で最も多い可能性が高いことを示す。前回コラムの労働時間管理同様に、ひとたび訴えがあれば、お金だけではなく、時間も必要となる。地域における施設・事業所の評判にも影響があろう。また、経営する側にも、身体的な疲労や精神的な疲労を伴うことになるのである。医療の現場には、医師、看護師をはじめ様々な職種の職員等が協働している。そのような職場では、働く者に対する教育も一律とはいかず、また、同じ職種であっても勤務時間も違うなど研修等には時間がかかるだろう。しかし、医師をはじめ、様々な地位(職位)、職務が存在し、横のつながりが重要な医療の現場だからこそ、パワーハラスメントは未然に防止すべきであり、ひとたび起こってしまえば非常に厄介な問題に発展する。仮にそうなってしまったときのリスク(本節はじめに挙げている)を想像すれば、いかに今対策について検討することが重要か容易に判断できる。
 
〇調査結果2
厚生労働省によれば、会社が設置した相談窓口への最も相談の多いテーマは「パワーハラスメント」である。しかし、それにもかかわらず予防・解決に向けた取組をしている企業は52.2%にとどまり、特に従業員99人以下の企業においては26.0%と3割を下回っている(※4)。病院・クリニックには規模の大小があろう。貴事業所はどうであろうか。対策をとっている52.2%や、26.0%に含まれるだろうか。このような時世においてパワーハラスメントを含むハラスメント問題を管理せず放っておくことは未然に防止できる経営リスクを放っていることに他ならず、持続的な成長を阻害する要因を知りながら放置することは経営者として失格である。
 
ところで、本人の訴えには、労働局や裁判などによって直接事業主と争う訴えのほかに、精神的な疾患(もちろん、身体的な障害が残ったことに対する労災申請のケースは当然存在する)の発病に対する労災の認定の申請がある。パワーハラスメントは、近年、働く者の精神的障害と労災にも影響を与えているところ、厚生労働省の調査によれば、職場でのひどい嫌がらせ、いじめ、暴行や職場内のトラブルにより、うつ病などの精神障害を発病し労災補償を受けるケースのうち、上下関係、対人関係による件数は年々増加している(※5)。パワーハラスメントとして事業所が労災認定されるようなことがあれば、国も黙ってはいないだろう。
 
この、パワーハラスメントとして扱われる嫌がらせやいじめを未然に防ぎ、不要な経営の損失に繋がる事態を招かないためにも、前段の厚生労働省のページの利用や人事労務管理の専門家の活用により、職場において不適切とされる行動につき、ある程度形式知として事業所全体でしっかり共有できるようにハラスメント管理体制を整えることが重要である。
 
パワーハラスメントがもたらす被害者への影響そして、事業所及び経営への影響は計り知れない。我々人事労務コンサルタントからすれば、職場のハラスメントは当然の悪であり、職場からは撲滅すべきものであると考えるところ、経営者には我々のような「きれいごと」はよい。とにかく、リスク回避・軽減対策を講じる、それが将来の事業の繁栄、今後の持続的な成長に繋がることであり将来のトラブルを避けるために今必要なことと考えて、比較的に取り掛かりが容易で、効果が期待できるこの取り組みを進めていただきたい。
 
 

◆おわりに

 
近年パワーハラスメントはメディアの格好の批判材料となっており、頻発するパワーハラスメント問題が大きく取り上げられている。そのような報道を多く目にすれば、これまで声を上げてこなかった職員等が声を上げるきっかけとなる(パワーハラスメントの存在が問題なのであるから、声を上げることはいけないことではない。)。つまり、規模の大小に関係なくパワーハラスメントの存在するところに経営リスクが内在するのであり、小規模のクリニックであっても他人事ではない。あえて言えば、小規模のクリニックであるほど、訴えが起こった時、経営者の負担は大きくなるのではないか。
 
貴事業所においては、前回コラムにて訴えた適切な労働時間の管理同様、このパワーハラスメントについても適切な対策・管理を行っていただくように願う。
 
 
<註>
※1 厚生労働省「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」 職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言(平成24年)
※2 被害者の労災認定に係る理由にはされていない。
※3 厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」(第2回)資料(平成29年) この調査資料には、雇用形態、性別、企業規模やパワーハラスメントの類型などのデータがあるので、参考としてまとめたものを添付する。参照いただきたい。
※4 厚生労働省 「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」報告書(平成29年)
※5 厚生労働省「脳・心臓疾患と精神障害の労災補償状況」(平成24年度から平成28年度分から)「あかるい職場応援団」ホームページより
 
 
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針尾日出義(特定社会保険労務士、行政書士、MBA)

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