コラム

    • 日本に学ぶイギリス

    • 2018年11月20日2018:11:20:08:50:39
      • 片桐由喜
        • 小樽商科大学商学部 教授

イギリスの医療保障制度、NHSはしばしば紹介され、そして、日本の医療界ではあまり評判がよくない(ように思う)。それに比べて、イギリスの介護はあまり取り上げられておらず、そのせいか、イギリス介護制度に対しては良い、悪いの声がさほど聞こえてこない。
 
 

◆ベヴァリッジ報告書の功績

 
日本の評価がどうであれ、イギリス国民はNHSを誇りに思い、愛している。それは2012年のロンドン五輪の開会式にNHSがアトラクションテーマの1つに選ばれたことからも明らかである。
 
なぜ、NHSが愛されているかというと、それはイギリスでは予防からリハビリまでの医療サービスが無料だからである。「ただ」ほど人を引き付けるものはないといえば、あまりにも下品である。換言すれば、生命と健康にかかわることだけは資力を問わず平等に享受できる仕組みゆえに、愛されているのである。
 
このNHSの構想を描いたベヴァリッジ博士はそれだけで尊敬される存在である。しかし、彼は自身がまとめたベヴァリッジ報告書の中で介護については言及しなかった。それは、筆者の勝手な憶測でいうなら、当時は介護、および、その原因となる高齢化が社会問題化していなかったからであろう。この現代に彼が生きていたら、間違いなく介護に対する指針を報告書に盛り込んだはずである。
 
 

◆介護も無料か?

 

日本の場合、後期高齢者は医療と介護保険サービスを利用した時の自己負担は、たいてい1割である。他方、イギリスの場合、医療は無料、介護サービスは原則10割自己負担である。つまり、イギリスの医療と介護では、自己負担割合がゼロと100と、かくも異なる。
 
そこで、資力のない要介護高齢者(通常はその家族など)は公的支援を受けるために役所へ行き、一定の資産以下である場合に限り、介護サービスを無料、あるいは、一部負担で利用することができる。
 
 

◆介護有料の副作用

 

介護10割自己負担の副作用は、なんといっても高齢者が退院を忌避することである。入院費用は無料なのに、自宅に帰って訪問介護サービスを受けたら、その費用は10割自己負担、ということであれば年金生活者である高齢者は退院よりも入院の継続を希望する。
 
ここからさらに生じる副作用は、高齢者が退院をせずにベッドを占領しているので、本来、入院すべき患者が入院できず、これがNHSの悪名高いウェイティングリスト問題を生じさせる。
 
 

◆日本に学べ

 

高齢期の医療と介護は1本の線上にある。だからこそ、地域包括ケアが叫ばれる。そこでは「切れ目のないケア」が指向される一方、病院の施設化、住居化を防ぐための政策が模索されている。
 
この日本の地域包括ケアと介護保険をイギリスの研究者や政策担当者らは今、熱心に研究している。日本に学べの姿勢である。大英帝国が極東の小国、日本の介護保険制度から示唆を得ようとするなんて、これほど光栄なことがあるだろうか。
 
 

◆日本の介護保険制度を誇る・・・か?

 

先日、親を介護する友人が「親を自分で介護すれば、自分の時間が無くなり、人に介護を依頼すれば金が無くなる」と嘆いていた。介護から家族を解放し、介護にかかる経済的負担を減らすのが介護保険ではなかったか。あるいは、介護保険制度の使い方を友人が知らないだけなのか(そうであれば、それはそれで問題である)。 
 
ウェイティングリスト問題を含め、問題山積のNHSであってもイギリスはそれをオリンピック会場で、誇って見せた。私たちはイギリスが学ぶ日本の介護保険制度を2020年、東京オリンピックで世界に誇ることができるだろうか。
 
 
 
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片桐由喜(小樽商科大学商学部 教授)

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