コラム

    • 保険医に対する指導・監査

    • 2018年11月27日2018:11:27:09:34:12
      • 平岡敦
        • 弁護士

幼い頃に,歯科医だった親が「どこそこのなになに医院に保険の監査が入って資格取消になったらしい」などと言っているのを聞いた記憶がある。幼児でも,資格を失えば収入がなくなるということは分かるので,「保険の監査とは恐ろしいものだ」と感じた記憶がある。そんな話を聞いたのは,もう40年以上も前の話だと思うが,そのような恐怖物語は,いまもまだ現実のものとして続いている。
 
保険医療機関(病院,診療所)及び保険医は,診療費用の一部を患者から徴収するが,その大半を健康保険の保険者に請求する【1】。その請求に誤りがないかは,審査支払機関が審査をすることになっており,誤りがあれば返戻や査定がなされ,多くの場合は,それに応じて保険医療機関の方で是正を行うこととなる。
 
しかし,患者や審査支払機関からの情報等により,不正請求(架空請求,付増請求,振替請求,二重請求,重複請求など)の疑いが生じると,国による指導が行われる場合がある【2】。指導は,一定期間のレセプトを対象に,その根拠となる診療録や検査結果又は患者からの聴き取り結果などと突合して,診療報酬請求の妥当性をチェックする。そして,不正不当な請求がなされたことが分かると,過剰に請求した診療報酬の返還を行い,多くの場合は,概ね1年後に再指導を受けることになる【3】
 
再指導を受けても改善がなされない場合,また,何らかの情報により診療報酬請求に不正や著しい不当があると疑われる場合に,監査が実施される。監査は健康保険法で規定された質問検査権を根拠として国によって行われる強制的な処分である。法的な効果として,不正や不当の程度に応じ,保険医療機関や保険医登録の取消処分,戒告,注意などが国によってなされる。また,概ね5年分の不正不当な請求金額の返還を求められ,特に不正な請求である場合は不正請求金額の1.4倍の金額を請求される。このように監査によって行われる処分は,保険医療機関や保険医にとって,身分的にも経済的にも「死刑」判決に近い効果を有していると言える。
 
厚生労働省が発表している平成28年度における指導・監査の状況【4】を見ると,個別指導が4,523件,監査が74件となっており,資格取消が保険医療機関27件,保険医21人となっている。そして,返還金額は個別指導によるものが約40億9,000万円,監査によるものが約4億5,000万円となっている。
 
また,近時,個別指導や監査に代わって増えているのが,適時調査である。適時調査とは,施設基準の届出を行っている保険医療機関等に対して,各施設基準が届出要件(例:夜勤勤務等看護加算の要件となる72時間ルール等)を満たしているか否か調査するものである。国の方針としては年に1回行うこととなっているが,実態は地域によってまちまちで2から3年に1回の地域も多い。適時調査によって過誤が見つかると,過去5年分の過剰請求の返還が求められる。適時調査による過誤請求は,継続的に満遍なく行われているケースが多いので,返還額も多額に上ることになる。厚生労働省が発表している平成28年度の数字を見ても,適時調査の件数は3,363件,返還金額は約43億6,000万円にも及んでいて,調査の主眼は個別指導や監査から適時調査に移りつつあると言っても過言ではない。
 
では,指導,監査や適時調査にどのように対応したら良いのか。もちろん普段の保険診療請求を適正に行うことや,施設基準の申請やその適合性判断を慎重かつ継続的に行うことが必要である。しかし,不幸にして誤った請求をしてしまった場合又は誤っていなくても国の認識と齟齬が生じた場合,慌てずに弁護士等の専門家の助力を得ることが必要である。過去には,明らかに不当な内容の指導,監査等が行われたこともあり,また,指導,監査の実施方法においても,適正な手続が保障されず,不当に威圧的な方法で調査が行われ,精神的に苦痛を感じた被調査者が自殺するケースも相次いだ。このような不当な内容及び手続の調査は,専門家である弁護士等が調査に立ち合うことで,かなりの程度減らすことができるものと考えられる。
 
調査に弁護士が立ち合うことができることは,国も認めている。今まで法廷以外での弁護活動に消極的であった弁護士会も,大きな人権制約がなされている実態があるのに,手をこまねいてみている訳にはいかないとして,この分野に積極的に関与していこうという姿勢を見せ,その準備を始めている。施設基準について行われる適時調査においては,個別指導や監査に比べると,威圧的な調査は行われていないようであるが,国が行う調査に誤りがないとは限らない。弁護士等の専門家は,第三者としての冷静な目で検査の妥当性を検証できる立場にある。多少の費用が掛かっても,助力を得ることの効用は大きいはずである。
 
 
【1】ただし,直接,保険者に請求するのではなく,保険者から委託を受けた支払基金や国保連合会等の審査支払機関に対して請求しているので,保険医療機関としては審査支払機関に請求しているという感覚であろう。
【2】指導にも新規保険医療機関指定時の集団指導など種々があるが,ここでは既指定の保険医療機関に対する個別指導を指している。
【3】中には,妥当であったとして指導が終了する場合や,単なる経過観察で終わる場合,逆に直ちに監査に移行する場合などもある。
 
 
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平岡敦(弁護士)

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