コラム

    • 予言がはずれたとき人はどうなるのか?――認知的不協和の理論

    • 2018年12月18日2018:12:18:10:38:18
      • 平沼直人
        • 弁護士、医学博士

◆社会心理学の古典

 
Leon Festinger, Henry W. Riecken and Stanley Schachter, When Prophecy Fails : An account of a modern group that predicted the destruction of the World, University of Minnesota Press, Minneapolis, 1956
本書“予言(預言)がはずれるとき――世界の滅亡を予告した現代のある集団に関する報告”は,社会心理学の古典である。 
 
本書の邦訳が出版されたのは,原書が世に出てから遅れること40年(L.フェスティンガー・H.W.リーケン・S.シャクター(訳 水野博介)『予言がはずれるとき この世の破滅を予知した現代のある集団を解明する』勁草書房1995年),もう少し早ければ防げた事件もあったのではと思わせるほどの貴重な研究であるが,今からでも決して遅くはない,もっと沢山の人が読むべき書物である。
 
 

◆出来事の始終と研究方法

 
1953年冬,アメリカ合衆国のある地方(レイクシティ)に住むキーチ夫人は,外宇宙からのメッセージを受け取るようになった。それから程なくして,キリストの現在の姿だと名乗る“サナンダ”との交信で,1954年12月20日のその日,地球は大洪水に襲われるが,UFOが飛来してキーチ夫人らは救出されるだろうという衝撃的なお告げを受ける。そこで,キーチ夫人は,アームストロング博士夫妻を中核とする少数の理解者とともに,来るべき日に向けて新聞社に投稿し周知を求めるなど公私に及ぶ準備を進める。そして,運命の日が訪れるのである。
 
これは全て実話であり,キーチ夫人として匿名化されている人物は,ドロシー・マーチンという女性で,この事件の後,南米に渡って,1961年に本国に戻り,1965年,シスター・セドラの名で,サナンダ及びサナット・クマラ協会を設立し,信者は少なくとも数千名に及んだそうである。また,この事件で中心的な役割を果たしたアームストロング博士(仮名)も,ミシガン州立大学に教職員として勤務する実在の医師であった。
 
本書をご覧いただければ分かることだが,運命の日を迎えるまでの教団内部の様子や予言がはずれた後の彼らの言動が実に具体的かつ詳細に記述されていることに驚かされるはずである。それもそのはず,心理学者である本書の著者らが心理学科の学生ら複数の男女を教団内部に,深く四六時中,潜入させることに成功していた賜物なのである。現在では,かような研究方法に倫理的な疑義が呈される可能性があるものの,これら観察者は教団に送り込まれる前に専門的なトレーニングを受け,教団の意思決定に決して関与しないように注意深く振舞い,隠し録りをしたりトイレでメモを取ったりといったスパイもどきの長期間に亙って忍耐を要する作業を成し遂げ,科学的研究としての水準を保っていることに感銘を覚える。
 
 

◆認知的不協和の理論

 
本研究は,“認知的不協和の理論”を世に知らしめることとなった記念碑的な1冊である。以下,訳者解説を参考に論じる。
 
認知的不協和の理論とは,一方の認知(あるいは認識・知識)から他方の認知が帰結されない場合,それらの認知は,互いに“不協和(dissonance)”の関係にあり,心理的には不快であり,それを解消するために,相反する認知を調和のとれた“協和(consonance)”の関係に近付けようとする“不協和低減への動機づけ”が生み出されるという理論である。
 
例えば,自分はヘビースモーカーであるという認知と煙草は体に悪いという認知は,体に悪いなら吸うべきでないということになるから,不協和の状態である。その場合に,まず人がやるのは,自分はそれほど煙草は吸っていないと認知を変えてしまうことである。それから,祖父(じい)さんも親父(おやじ)も長生きだったから体に悪いはずがないなどと言って,煙草の有害性を証明する科学的知見を避ける“情報への選択的接触”が見られる。あるいは,煙草にはリラックス効果がありストレスを減じるといった協和的な認知を付加するといったこともまま行われる。
 
まさに本書のテーマ,予言がはずれた後になって,却って布教活動が活発化するという逆説的な現象も,この不協和理論で説明できる。予言がはずれたということは,著しい不協和をもたらすが,信者が減らなかったり況(ま)して信者が増えれば,それは信念にとっては協和的認知の付加となるからこそ,予言がはずれたときほど,不協和低減のために熱心に勧誘活動に走るというわけである。その結果,信者同士で予言の解釈を見直すことなどで予言は外れていなかったのだと言い合えば,“多元的無知”と呼ばれるアンデルセン童話の裸の王様状態が現出する(こう比喩されるが,人々は王様が裸と知っていたので,あまり適切ではない)。
 
そもそも荒唐無稽な予言に引き込まれる心理状態についても,不協和理論は解明する。生きていれば何かアクシデントなりが起きるわけで,人は多かれ少なかれ“不安”を抱いて生きている。しかし,それに対応する具体的な認知を欠いている状態は,それ自体不協和をもたらすため,人は不安を抑えようとするが(認知の改変),そうすればするほど不安は募るものである。そこで,逆に,漠然とした不安に見合うような具体的な予言を与えてやることで心理的な安定が得られるのである。
 
こうして信念を持つに至った場合,信念に協和的な行動を取ると考えるのが常識的であるが,不協和理論からは,例えば教団のために仕事をやめさせられてしまった場合,仕事をやめたという不協和を低減するために信念を強化するという“行動から信念へ”という負の循環に陥ることがうまく説明できている(仕事までやめた以上,予言が当たってもらわなければ困るという心理状態)。
 
教団がともすると秘密主義に走る理由も,不協和理論が解き明かしている。信者たちは自分たちが世間から冷笑を浴びせられるであろうことを心得ているものである。だからこそ,そのような不協和との遭遇をあらかじめ避けるという意味で,外界との接触を断つわけである。
 
観察者がたやすく教団に潜り込めたことすら不協和理論で説明できる。短期間のうちに複数の信者が都合よく増えたりすることは,何かおかしいと不協和をもたらしかねないが,彼らは宇宙人によって教団に派遣されたのだと考える。ここには明らかに病的な“認知の歪み”が見られる。
 
予言がはずれるまでは,主に,情報への選択的接触が重要な役割を果たし,予言がはずれた後は,信者獲得という協和的要素の付加もさることながら,明らかに冷やかし半分の遊びで来たティーンエイジャーのグループを宇宙人だと信じ込むような認知の歪みが増大している。認知的不協和が“過度の関連付け”ないし“関係妄想”という精神病理にもはや接しているのを感じる。
 
 
 
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平沼直人(弁護士,医学博士)

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