コラム

    • 相対化・融合化・多様化がイノベーション創出のカギ

    • 2019年01月08日2019:01:08:05:33:18
      • 森宏一郎
        • 滋賀大学 経済学系 教授

吹雪の中、能登半島の雪道を行く。目指したのは金沢大学能登学舎(石川県珠洲市)である。天候によるが、金沢から車で2時間半ほどの距離である。
 
地球研のプロジェクトの一環(注1)で、能登学舎が輩出する里山里海マイスター(注2)に対する調査準備およびマイスターネットワーク関係者へのインタビューを行うためである。里山里海マイスターとは、里山里海の自然資源を活かし能登の明日を担う人材のことである。
 
都市と農村の間を行き来することによって都市的スキルと農村的スキルの融合が起き、その結果望ましいイノベーション機会が創出されると、我々はプロジェクトを通じて考えてきた。能登学舎が手掛けるマイスタープログラムはこの機能を担っている可能性が高いと考えている。
 
今回のコラムでは、能登学舎との共同研究をきっかけとして、プロジェクトを通じてメンバーと考えてきた都市・農村間の融合によるイノベーション機会創出メカニズムについて簡潔かつ軽く書いておきたい。
 
 

◆相対化

 

都市にも農村にも価値の高いモノやサービスが多数存在している。しかし、都市で活動している人は農村の価値に疎く、農村で活動している人は都市の価値に疎いのが現実である。
 
都市と農村が主にモノの移動でつながっているとしても、そのつながりはモノの移動による間接的なものである。そのため、都市の人が農村に思いを馳せたり、農村の人が都市に憧れても思いを馳せたりすることはあまりないだろう。
 
意識の上で都市・農村間の分離が起きているため、双方の価値に注目する人はなかなか出てこないことになる。そこにビジネスチャンスあるいはイノベーション機会があるとも言える。
 
実は、相対化ができて初めて、価値に気づくことができる。農村でのみ活動してきた人には農村の価値が分からない。都市でのみ活動してきた人には都市の価値が分からないのである。
 
都市で活動してきた人が農村に行って、そこで生産されているモノや行われていることを理解して初めて、農村の価値を発見できる。都市と農村が相対化されるからである。同じことは逆方向でも起きるが、農村から都市への移動・移住は十分に多いため、その方向はあまり問題になっていない。
 
新しく発見した価値はビジネスチャンスになり得る。イノベーション機会の創出となるのである。この意味で、都市民を能登へいざない、里山里海の価値を教えるプログラムはイノベーション機会の創出につながる可能性があると言えるのではないか。
 
 

◆融合化

 

具体的なイノベーション(新規ビジネス)に昇華させるためには、事象の相対化に加えて、都市的スキルと農村的スキルの融合化が必要である。具体的に都市・農村間でビジネスを成功させるためには、双方のスキルを獲得しなければならない。
 
ただし、都市的スキルと農村的スキルの定義は曖昧であることを断っておく。ここでは、汎用性が高い科学的形式知が都市的スキルに該当し、土着の経験則に立脚した暗黙知が農村的スキルに該当すると考えておこう。もちろん、暗黙知の形式知化は可能である。
 
高い都市的スキルを持つ人が農村に行って、農村価値の相対化を行った後、農村的スキルを修得して、ビジネスを成功させている事例は枚挙にいとまがない。
 
たとえば、インドネシアにKrakakaoという会社がある。社長のSabrina Mustopoは米国コーネル大学で農業経済学を学んだ後マッキンゼー働いていた人で、都市的スキルの塊のような人物である。彼女はランプン州のカカオ農家に入り込んで、一緒に現地での農業およびその問題点を洗い出した。
 
他方、彼女と共同でビジネスを行っているカカオ農家側は品質と発酵について科学的知見を学んで、高価格で販売するというビジネスに参画している。面白いのは、彼女はランプン州とジャカルタの間を頻繁に往復している点である。相対化と融合化のプロセスの一端だと言えそうである。
 
この点で、里山里海マイスターが都市と農村の間を行き来し、都市的スキルと農村的スキルの融合化を意識的に行えば、イノベーション機会創出の担い手になっていくのではないだろうか。すでにそういう萌芽もあるかもしれない。
 
 

◆多様化

 

相対化と融合化が威力を発揮するためには、その土壌として都市も農村も多様でなければならない。それらが一様化していると、相対化して見出すべき価値が存在しないことになってしまうからである。都市も農村も独自の価値を保有しておかなければならない。
 
思えば、馬路村(高知県)は自らの辺鄙さを維持しようとしてきた。海側から安田川沿いに馬路村に向かう道はかつて相当に細く険しい道であった。とてもでないが、運転したいとは思えない。当時、その道こそが馬路村の価値であると、馬路村の人たちは語っていた。
 
不便だからこそ、馬路村は都市と大きく異なり、馬路村の魅力が出るのだと。たしかに便利になると、都市から平準化された消費生活がもたらされてしまい、馬路村の独自性が失われることにつながりかねない。この点で、能登の交通アクセスの厳しさはプラスに捉えられるのではないだろうか。
 
地方に行ってもナショナルブランドの商店やチェーン店ばかりが立ち並んでいるのでは、その土地独自の価値がないと言われても仕方ないだろう。昔イギリスで旅行した時、どの町にもM&Sをはじめとするチェーン店しか見られないことにガッカリしたものである。
 
都市・農村融合によるイノベーション機会創出のためには、それぞれの町が独自性を残し、全体としての多様化が起きていなければならないということになる。単純に考えても、異なる多様な消費体験ができる方が良いではないか。
 
 

◆おわりに

 

ここまで都市・農村間での融合を念頭に議論してきた。しかし、相対化と異なるタイプのスキル融合化の論理は、都市同士でも農村同士でもイノベーション機会創出において重要であろう。
 
金沢・珠洲間の車による往復移動は慣れている人にとってはたいしたことではないのだろうが、私にとってはそれなりの負担感があった。相対化・融合化のためには、移動・移住が容易になることが必要かもしれない。
 
他方、多様化のためには、ある程度隔絶されていることも必要だろう。もちろん、これは移動・移住にとってはコストになり、相対化・融合化にはマイナスだろう。ただ、もっと洗練されたVR(virtual reality)技術などがこのコストを引き下げることになるかもしれない。
 
 
 
 
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注1.総合地球環境学研究所FSプロジェクト「都市と農村の相互作用システムの構築と豊かさの創造」代表者:森宏一郎、2019年3月末で終了。
 
 
 
 
 
森 宏一郎(滋賀大学 経済学系 教授)

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