コラム

    • インフォームドコンセントの捉え方について

    • 2019年01月15日2019:01:15:05:48:58
      • 平岡敦
        • 弁護士

1 インフォームドコンセントに対する疑問

 

インフォームドコンセントという言葉を知らない医療従事者はいないものと思われる。
 
どこの医療機関でも,療法選択時には,細かな合併症の説明が記載された説明書兼同意書を患者に手渡し,患者は不安な気持ちでそれを読んで療法を「選択」する。括弧付きで「選択」と書いたのは,果たして患者が本当に選択していると言えるのかという疑問があるからである。
 
医療機関の側も,このような説明を行うことが本当に必要なのか,治療にとって逆効果になることもあるのではないか,と訝しい気持ちを持ちつつも,あとで訴えられたら大変,同意書さえもらえばOKという気持ちで,説明書兼同意書を手渡している。
 
 

2 説明義務の3つの機能

 

果たして,インフォームドコンセントとは,いかなる目的及び機能を持つ行為なのだろうか。インフォームドコンセントの前提となる説明義務には,3つの機能があるといわれている。
 
1つ目は,診療行為としての説明(療養方法の指導のための説明)である。これは医療契約における医師の本質的な債務を根拠として生ずるものであり,診療義務に含まれるとも言える。「あなたの病気はこれこれだから,こういった生活をしなさい」という指導説明である。
 
2つ目は,顛末報告としての説明である【1】。 医療契約が民法上の準委任契約であるとすると,民法645条の「受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。」という規定が適用されることとなり,その帰結として医療行為の経過と結果を報告(説明)する義務が生じる。
 
3つ目は,患者が療法選択等の自己決定を行う前提となる説明である。説明義務というとき,この側面が最も注目されてきた。患者が合理的な自己決定をするためには,合理的な説明が前提となる。裏返せば,合理的な説明を行えば,合理的な決定をしている筈であり,少なくとも療法選択の意思決定について,医師は法的責任を免れる,というわけである。しかし,すべての患者がそのような合理的判断を行うことができるのだろうか。このようないわゆる自己決定モデルが果たして有効に機能しているのであろうか。
 
 

3 自己決定モデルの限界

 

自己決定モデルに対してはいくつかの疑問が呈されている【2】。末期医療における説明,精神医療における保安的視点,稀少な合併症に関する過大な説明,遺伝子検査結果の告知の是非など自己決定モデルを修正すべき状況はあまた存在する。
 
医療における自己決定を重視する考え方そのものについても,代理母の問題,臓器売買の問題など重大な疑義が呈せられる状況もある。
 
 

4 交渉促進法理としての説明義務

 

この点,療法選択の前提となる説明義務について異なる捉え方をしようという考え方がある【3】。医療行為も医師と患者間の契約に基づいて行われるという側面を持つが,契約というものは締結から履行,終了と一連の動的なプロセスを践んで展開する。この契約プロセスを維持するために,契約には契約改訂特約(例えば,不動産の賃貸借契約で固定資産税が増減したらそれに合わせて賃料も増減する等),交渉促進法理,裁判や仲裁による解決など様々な契約原理が用意される。この契約原理は契約が適用される領域ごとに個別的で,適用される領域の特殊性を反映した内在的契約規範として契約の解釈に影響を与えるとされている。医療契約においても,医師の患者に対する説明は,上記の契約原理のうち交渉促進法理として機能する。
 
交渉促進法理とは,契約が円満に履行され継続するように,契約における義務の内容を柔軟に更新していくことを促進するための仕組みである。例えば,コンピュータシステム開発の領域では,昨今,アジャイルという開発手法が採られることが多くなっている。従来のウォーターフォール型開発では,最初に決めた要求仕様の範囲内で,それを詳細化していくことで設計・開発が進行していく。しかし,それでは当初の要求仕様に誤りがある場合に是正することができず,システムが完成してから「動かないシステム」であることが分かるといった悲劇が繰り返されている。そこで,そのような悲劇を起こさないために,短期間で動くシステムを開発して検証を繰り返しながら,当初の要求仕様を積極的に変更していくのがアジャイル開発の特質である。このような製作→検証→要求仕様の見直しというサイクルをユーザとベンダが協働して実現するための条項を予め契約の中に組み込んで,システム開発契約を円満かつ有効に継続させるための仕組みを作るのである。
 
医療における説明も,患者を突き放して自己決定を強いるために存在するのではなく,医師が患者とともになすべき医療行為の内容(法律上は医師の契約上の債務)を形成していくための交渉促進ツールとして利用するという視点で捉えることが可能である。そうすれば,説明義務を,医師の一方的なパターナリズムによる行為でもなく,患者の孤独な自己決定でもなく,医師と患者の相互理解と協働のための活動として法的に捉えることが可能となるのではないか。もちろん合理的な意思決定の必要性が減ずるものではないが,説明義務を交渉促進法理と捉えることで,患者を突き放して合理的な意思決定をさせるためのツールではなく,患者に寄り添って意思決定を促すためのツールであると理解することが可能となるように思う。
 
 
 
【1】新堂幸司「訴訟提起前におけるカルテ等の閲覧・謄写について」判例タイムズ382号,10頁
【2】吉田邦彦「自己決定,インフォームド・コンセントと診療情報開示に関する一考察」北大法学論集,50巻6号,1頁
【3】内田貴「契約の時代 日本社会と契約法」岩波書店,2000年,89頁
 
 
 
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平岡敦(弁護士)

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