コラム

    • 人生乗り換え論

    • 2019年02月05日2019:02:05:05:01:00
      • 中村十念
        • (株)日本医療総合研究所
        • 取締役社長

1 言葉の壁

 
一時代の終わりの始まりである。私にとっては、「脱・大企業」から「入・中小企業」への乗り換え15周年という、区切りの良い年である。
 
大企業から輩出される定年退職者。中小企業での若年労働者の不足。この2つを足して2で割れば、労働需給に何がしかの良い結果が得られるのではないか、誰しもがそう思う。
 
しかし、私の15年間の経験は別のことを教える。大企業と中小企業の社会の違いである。
 
その基本にあるのが言葉の量の違いである。言葉の意味の差というのもあるが、使われている言葉の量が圧倒的に違う。直感的に言えば、一般週刊誌とマンガ本ほどの語彙量の差があるように思う。
 
言葉の量の差は、イメージの差を生み出す。共通したイメージがないとコミュニケーションの障害となる。
 
「脱・大企業者」が「入・中小企業者」になると、最初のうちは「話が通じない病」にかかってしまう。「在・中小企業者」からすれば、いくら熱い想いを語られても訳のわからない言葉を使う異星人にしか見えず、さっさと扉を閉じてしまう。
 
 

2 人の壁

 

「在・中小企業者」には、大企業と比較して自閉症的な発達障害の人(最近では「発達障害グレーゾーン」などと呼ばれている)が多いことである。私が乗り換えて一番驚いたことは、実はこのことである。今は、大企業が平凡な良い子を先に採用してしまうからだと思っている。
 
つまり中小企業には、語彙量が少ない環境に加えて、気質的にもコミュニケーションに弱い人々が多いのである。
 
自閉症的発達障害傾向者には、ある面において能力の高い人が多い。しかし、その面の引っ張り出し方・育て方・使い方のスキルが、中小企業という組織にはまったくと言って良いほど、備わっていない。
 
言葉と人という重層的コミュニケーション問題を抱える「脱・大企業者」にはパラノイア的な人が多いこともあり、アイデンティティを見失ってしまいがちになる。こうして「脱・大企業者」は、シチリアから戻るプラトンのごとく、撤退せざるを得なくなるのも無理からぬことである。
 
 

3 お金の壁

 
「脱・大企業者」は厚生年金や企業年金が手厚いので、お金のことには鷹揚であると思われているが、デマである。
 
事実、大企業にいたときは時給換算で3,000円がミニマムであっただろうが、中小企業では時給3,000円はマキシマムに近い。それだけに、気持ちの軸が最初は「金のことは・・・」と思っている人も、そのうち「これだけの評価か・・・」と変わってゆく。
 
お金の問題を壁にしないためには、乗り換え時の照れなき交渉が必要だ。
 
 

4 無知の知

 

私は大企業を離脱して、中小企業の世界にきてよかったと思っている。
 
それは無知の知に気づけたからだ。大企業から中小企業に行くというのは、はやぶさ2が小惑星に着陸するようなものだ。
 
知らないことだらけである。ところが、ここで大企業人は2つのタイプに分かれることが多い。ひとつは「知ったかぶり」をするタイプであり、もうひとつは「深掘り」をするタイプである。
 
例えばその多くが中小事業者である医療業界に入ると、「薬価差」という、聞きなれない言葉が頻繁に出てくる。これを知ったかぶりして素通りすると、それでおしまい。しかし、これを深掘りすると、わが国の医療経済史の一側面を知ることになる。また、わが国の骨格である「大きな政府・官僚集権主義」の失敗の始まりさえ、見えてくるかもしれない。
 
業界ごとに、数えきれないほどの無知の知の事例があるはずだ。自分の脳ミソの駆動力となり、自分の脳のモデルがリニューアルされてくることは間違いない。無知の知システムが働けば、次の段階として、創業や承継という選択肢も見えてくるかもしれない。
 
少なくとも、それらの業界知がコミュニケーションの壁を取り除いてくれることは間違いない。
 
私の見立てでは、大企業OBの中小企業への乗り換えは徐々にしか進まず、しばらくは彼らのゴルフと自分語りの日々が続くだろう。しかし、厚生年金のジリ貧化は急速に進み、業界によっては企業年金もガタつき、お金の問題から人生の乗り換えは既定路線となる。
 
無知の知が資源として使えることを知れば、先手必勝というのもあるのではないかと思う。
 
以上述べたことは、私個人の乗り換え15年目の感想である。社会全体としてスムースな人生乗り換えが成功するためには、社会科学的なアプローチが必要だと考える。
 
 
 
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中村十念((株)日本医療総合研究所 取締役社長)

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