コラム

    • 法令の段階構造と医療行政

    • 2019年06月11日2019:06:11:09:51:01
      • 平岡敦
        • 弁護士

■法令の階層構造

 

日本の法令には,階層構造がある。憲法98条は「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」と定めていて,国会が作る法律,行政が出す命令,天皇が出す詔勅いずれに対しても憲法が優位することが明確に定められている。
 
憲法は,法律,命令及び詔勅間の優劣を規定していない。しかし,天皇が政治的権力を持たないことは憲法1条で定められているので,詔勅が法律や命令に優位することはない(というか本来は比較の対象ではない)。法律と命令の優劣については,それを統一的に定めた規定はないが,内閣の事務として「法律を誠実に執行し、国務を総理すること。」(憲法73条1号)と定められていることや,租税法律主義(憲法84条)等の原則から,法律が命令に優位すると考えられる。
 
なお,学説的には,ドイツのケルゼンが法段階説として,法秩序が憲法→法律→命令→処分という段階構造を形成しており,上位の法が下位の法によって具体化され,下位の法は上位の法に有効性の根拠を有すると唱えた。
 
 

■医療行政における階層構造

 

このような法令の段階構造は,医療行政法規の分野でも当然に適用される。憲法→医療法,医師法,保助看法等の法律→医療法施行令,医師法施行規則,保助看法施行令等の命令→個別の免許取消等の行政処分という段階構造が機能しているのである。
 
細かいことを言うと,行政が出す命令の中には更に細かい段階構造がある。①内閣が定める政令→②府省が定める府省令(例えば医療法施行令)→③外局が定める庁令・規則(例えば医療法施行規則)という階層構造がある。
 
なお,官庁が出す通達や通知も,実態としては国民に対しても「法的」な効力を有しているが,厳密には行政機関内部での指示伝達に過ぎないので,命令のような法的効力を有するものではない。医療行政で言えば,「医政発第○○号」「医政歯発第○○号」など発出機関の略称と番号を付して発せられている。
 
厚生労働省のデータベースで検索が可能だが,医療行政関係で現在掲載されている一番古いものは,昭和22年4月25日医収第242号「顧問名を広告板に掲載することについて」である。内容は,国立千葉病院の広告板に千葉医大名誉教授の氏名を顧問として記載したいという要望に対する拒否回答である。医師の広告問題は,古くて新しい問題である。
 
 

■下位規範の誤謬

 

さて,法令はこのような段階的構造を取っているのであるが,下位の法令が上位の法令を正しく具体化しているかと言えば,人間が行うことであるから,必ずしもそうなっているわけでもない。数は少ないが,法律が憲法に反しているとされることもある。
 
医療関係で言えば,旧薬事法が定めていた薬局の設置距離制限を違法とした判例【※1】が有名である。同様に命令が法律に反しているとされたものとしては,旧薬事法施行規則が定めていた医薬品のネット販売規制が旧薬事法の委任の範囲を逸脱しているとした判例【※2】が有名である。
 
このように法律や命令ですら上位の法規範に反しているとして無効とされるケースがあるのであるから,行政の通達や処分が憲法,法律又は命令に反することは容易に起こりうる。
 
特に,医療分野は医学の進歩や医療機器の進歩などの急速な変化に対応する必要があるのだが,法律の改正は容易には進まないので,命令や通達等に依存する領域が広く,比率が高い。ということは,必然的に命令や通達等の適正さが問題となるケースも増える。
 
 

■看護師の静脈注射問題

 

歴史的に見ると,例えば,看護師の静脈注射については,保助看法5条所定の「診療の補助」に含まれるのかが明確ではないものの,医師不足の状況の下では,実態としては広く行われていたところ,通達である昭和26年9月15日医収発第517号で,診療の補助には含まれないという行政の解釈が示されていた。
 
しかし,看護師の静脈注射により患者が死亡した民事訴訟事件において,患者遺族である原告が看護師に静脈注射を指示した医師の責任を追及したところ,裁判所は保助看法5条を挙げつつ,医師が看護師に静脈注射を指示すること自体には違法性はない旨の判断を下していた。【※3】
 
このように行政の解釈と司法の解釈及び医療界の実態との間に乖離があったところ,平成14年9月30日医政発第930002号は,医師等の指示の下に看護師等が行う静脈注射は保助看法5条の診療の補助に含まれるとして,従来の解釈を改めた。このような問題は,現在でも至るところに見られる。産科における看護師による内診の可否が問題になったことは記憶に新しい。
 
 

■読影委託問題

 

また,最近では,医師を雇用して読影業務を医療機関から受託する企業が増えており,日本放射線科専門医会等が制定している「遠隔画像診断に関するガイドライン」でも,医療の地域格差や専門医不足等を背景として,画像診断の専門医による遠隔画像診断を進めるべきとしている。しかし,厚労省の通知では下記のように定めていて,診療行為等の医療の提供自体は外部委託できないので,読影も診療行為に含まれると考えられるので,外部委託はできないことになる。
 
「診療行為等医療の提供そのものに係る業務の委託及び病院の運営管理の包括的な委託を除けば、病院の業務については、外部委託が可能である。ただし、そのうち、診療又は患者の入院に著しい影響を与えるものとして政令(医療法施行令第4条の7)において定める業務については、外部への委託を行う際には、その種類に応じて、当該業務を適正に行う能力のある者として厚生労働省令で定める基準に適合するものに委託しなければならないこととしている。」【※4】
 
しかし,医療機関の委託に関して定めている医療法の改正に関する国会議事録を見てみると,医療法15条の3で検体検査等の外部委託を定めた改正時の記録として下記のようなものがある。
 
「四番目に、業務委託の水準の確保のことについて申し上げます。医療の周辺には種々雑多な医療関連ビジネスが増大し、病院、診療所の業務の外部委託が進行しております。非営利を規定された医療に営利を目的とする企業が参入するためには、適切なチェックが必要であり、滅菌、消毒、給食等重要なものは政省令で規定することは当然であります、厚生省、日本医師会、各種企業の参画した医療関連サービス振興会と協調して、医療関連ビジネスの水準確保と健全育成に当たることを期待いたします。」【※5】
 
このような審議状況を見る限り,医療法15条の3を立法したときの状況は,既に検体検査等の外部委託が進んでいて,その適正さを保つために外部委託に関するルールを定めたのであって,医療法15条の3によって外部委託が解禁されたという立法経緯ではなかったはずである。厚労省の通知は,このような立法経緯を忘れたものである疑いがある。医療法の条文の構成自体を見ると,その外部委託を禁止する条文はなく,医療法15条の3は外部委託に際しての規制を定めた条文であると解するべきなのではないだろうか。
 
念のために付言すると,医師法17条は「医師でなければ、医業をなしてはならない。」と定めるので,外部委託先に医師が在籍し,医師が読影等を行わなければならないのは当然である。
 
 

■おわりに

 

最初に述べたとおり,法令には階層構造があり,下位の規範は上位の規範に反することはできない。しかし,医療行政に関しては,医学の進歩等が急速すぎるために,法律等の改正が追いつかず,行政に依存する部分がどうしても大きくなる。
 
人間が行うことなので,誤りも混入するのはやむを得ない側面もある。また,当初誤っていなくても,状況の変化に応じて解釈を変える必要も生じる。
 
医療行政は人の生命身体に影響を及ぼすものである以上,その発出と運用には法律の内容・趣旨・立法経緯等に反しない慎重さと時宜に応じる機敏さが求められる。
 
 
【※1】最大判昭和50年4月30日判タ321号40頁
【※2】最二小判平成25年1月11日判タ1386号160頁
【※3】東京地判昭和53年2月1日判タ366号335頁
【※4】平成16年10月5日に開催された規制改革・民間開放推進会議の医療ワーキンググループ(第2回)における厚生労働省医政局総務課の「医療WG書面回答要請に対する回答」
【※5】第123回国会 厚生委員会 第13号 平成四年六月二日(火曜日) 参考人(中野修)発言
 
 
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平岡敦(弁護士)

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